2011年(平23)に起きた東京電力福島第1原発事故で、全町避難が続く福島県双葉町の「帰還困難区域」避難指示が初めて一部解除された4日、東京オリンピック(五輪)聖火リレー福島県公募枠ランナーで、同町出身の声優兼女優桜庭梨那(24)が取材に応じた。避難解除区域が一部だけでも、復興したくてもできない状態だった故郷にとって、復興への第1歩だと捉えている。

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復興五輪をうたう東京五輪開催まで約4カ月。桜庭は避難指示一部解除決定当初、「入れるようになったことが、まずうれしい」と思うと同時に「ああ、五輪があるからかな」とも感じた。「避難指示が一部でも解除されなければ、生活のためのお店も作れない。五輪がどこまで復興の手助けになるか分からないし、解決しないといけない問題はあるけど、これを機に復興していくのかなと思っています」と期待を込めた。

原発事故で避難指示を受ける15歳まで、双葉町で生まれ育ち、声優を志して上京した。両親と兄、祖父母はいわき市内で暮らす。昨年8月、双葉町の自宅に初めて一時帰宅した。8年ぶりの故郷は「違う所に来たような感じでした」。草が生い茂り、あったはずの道がなくなっていた。

「帰還困難区域」に当たる自宅がある団地に立ち寄った。階段にクモの巣が張っていた。自宅室内は暮らしていた当時のままだ。「もう帰れないのかもしれないと思うと、片付ける気にならなかった」。家の中がホコリくさく、掛けっぱなしの服が日焼けしていた。

同じ双葉町の祖父母宅も訪れた。木の高さまで草が生え、畑に行く道はふさがっていた。「すごく広かった土地なのに狭かった。自分の家は汚いな、くらいでしたが、おじいちゃん、おばあちゃんの家は変わっちゃったなって。8年の年月を実感しました」。変わり果てた思い出深い場所に、涙が止まらなかった。

双葉町は22年春の住民帰還を目指す。「帰れると言われても、私も家族もすでに9年たって生活の基盤ができているので、その時になってみないと分からない」としたが「双葉町が故郷であることに変わりはないです」ときっぱり言った。

原発事故当時、先の見えない全町避難に「双葉町は地図から消えるのかな」と思っていた。聖火リレールートに双葉町が組み込まれたのは今年2月。「今まで一歩でも踏み入れるのに申請が必要だった場所を、国際的イベントで走れるのはすごいこと。ビックリしました」。走行地域及び区間の通知は間もなく届く。「双葉町を走れたら。単純に楽しんで走りたいです」。【近藤由美子】

 

◆桜庭梨那(さくらば・りな)1995年(平7)4月14日、福島県双葉町生まれ。福島県いわき市の高校を卒業。17年にDVD「聞く、演じる! 日本むかしのおはなし」で声優デビュー。双葉町の盆踊りの継承にまつわるドキュメンタリー映画「盆唄」(中江裕司監督、19年)に声で出演。女優としては18年に舞台「幕末異聞 明治悪党奇譚」など。145センチ。血液型A。

 

◆福島県の聖火リレー 聖火リレーは3月26日に福島県「Jヴィレッジ」(楢葉・広野町)の9番ピッチからスタート。グランドスタートの聖火ランナーは、11年サッカー女子W杯ドイツ大会で優勝した「なでしこジャパン」が務める。福島県は3月26~28日の3日間。桜庭は初日の3月26日に走行予定。同県PRランナーにTOKIO、映画「フラガール」に出演した南海キャンディーズしずちゃん(41)、俳優窪田正孝(31)らが選出された。

 

○…唯一、一部避難解除されていなかった双葉町が節目の日を迎えた。双葉町役場はJR常磐線双葉駅に隣接した連絡所を開設し、約9年ぶりに業務の一部を地元で再開した。役場機能のほとんどは、いわき市内に移転した庁舎にあるが、伊沢史朗町長(61)は「ようやく実現し、役場機能の一部を戻すことができた。万感の思い」と語った。

故郷に戻れるのは、まだ先のことだ。今回、一部避難解除されたのは14日に全線復旧する常磐線JR双葉駅の周辺と町の北東部エリアなどで町面積の約5%にあたる約240ヘクタール。居住することはできない。町は22年春ごろに住民の帰還を目指している。

除染作業を終えたエリアに比べ、未除染のエリアの放射線量は高いままだ。町を南北に走る国道6号線は廃炉作業などに従事する大型トラックが行き交う。一般車両の通行も可能だが、放射線量は高く、4輪車は窓を開けたままの走行不可で、バイクや歩行者は通行禁止となっている。

東日本大震災時に町の人口は約7100人だったが今年1月末に住民票登録があるのは5901人。町が実施したアンケートによると帰還解除された場合に「戻る」と、回答したのは約1割だった。【大上悟】