新型コロナウイルス感染拡大で歌舞伎座も公演中止が続く中、歌舞伎座の向かいに店を構える東京・東銀座の老舗弁当店「木挽町辨松(こびきちょうべんまつ)」が20日に廃業する。後継者不在から事業譲渡を進めていたが、コロナ禍も重なり契約寸前で破談になった。5代目社長の猪飼信夫さん(67)は「いつ食べても変わらない味」を守れるうちにと、152年続いたのれんを下ろす決断をした。

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公演休止が続く歌舞伎座が静まり返る一方で、向かいの「辨松」には、廃業を惜しむ人の出入りが絶えない。猪飼さんは「コロナで売り上げは通常の6分の1に落ちたけど、今の売り上げは3倍くらい。連日、完売です」と驚く。

創業は1868(明元)年。甘じょっぱい江戸前の味付けが特徴で、売りはたまごやきと里芋の煮物。2つが入っている弁当「幕の内一番」(税抜き630円)が1番の売れ筋だ。

これまで、店の将来をずっと考えていた。以前、長男が店を継ぐと申し出たが「きついし、大変だから」と、断った。「古希を過ぎれば、力仕事ができなくなり、味に影響が出る。そうなる前に、廃業か事業譲渡の道しかないと思った」。

事業譲渡の話が進んだが、コロナ禍で相手先から破談の申し入れがあり、廃業を決めた。「今が辞め時だなと。歌舞伎ができないから。先が見えないからね。コロナが重なっちゃったけど、自分ではいい時に決断したと思っています」。心残りは「お客さんとちゃんとお別れできないことが残念」と、話した。

「歌舞伎役者さんは皆さん、うちの弁当を食べてくれたと思うんですよ」。中村勘三郎さん、坂東三津五郎さん、中村獅童ら歌舞伎俳優、森光子さんもひいきだった。「以前、勘三郎さんがうちの隣にあったレコード屋の前に立っていて。『どうも、どうも』と声を掛けてくださり、立ち話をした。気さくだったよね。三津五郎さんは関西に行く時、白飯二重(税抜き850円)を自分で買いに来てくれたね。『新幹線の中で食べる』って、うれしそうに話してくれた」。思い出は尽きない。

店は1月1日を除き、年中無休。1日ゆっくり過ごせる休日もなかった。「時間がないから、趣味も作れなかった」という猪飼さん。「コロナが収まったら、女房と旅行に行くのが楽しみだね」と話した。【近藤由美子】