来年5月、落語界に東大出身の真打ちが初めて誕生します。春風亭昇太門下の春風亭昇吉(しゅんぷうてい・しょうきち、40)で、入門して13年の若手です。昇吉に落語家になった理由などを聞き、さらに「前座」「二つ目」「真打ち」という独特の制度、年々真打ちの数が増えている落語界の現状を解説します。【林尚之】

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春風亭昇吉に聞く

-なぜ落語家に?

昇吉 立川志の輔師匠の「古典落語100席」を読んで、「落語って面白い」と思った。図書館で落語の本やDVDを借りて見て、抜け出せなくなりました。東大の学生時代に「井の線亭ビリ馬(いのせんてい・びりば)」の名前で「全日本学生落語選手権・策伝大賞」で優勝した時、桂文枝師匠に「まくらが面白いね」と言われたことで、背中を押された。そして、ボランティアで、もう学校で落語をやった時、目が見えなくても聴力にたけている生徒たちが面白がってくれたんです。目が見えなくても楽しんでもらえる文化があると知ったし、日本のお笑い文化が海外の人にも伝わるかもしれない。そんなものをつくりたいと思うようになったんです。

-落語界に入って大変だったことは

昇吉 前座時代は矛盾に耐えることが多かった。上の人から言われたことは逆らえないし。でも、それはこちら(落語界)に入る通過儀礼みたいなもので、楽屋で師匠方にお茶を出したり、着替えを手伝ったりしながら、一生懸命落語を覚えた。大変でつらいこともあったけれど、無我夢中で、やり抜くしかなかった。

入門して13年、今、振り返って思うことは

昇吉 好きなことをやって、仕事にも人にも恵まれた。何よりもすべてが自己責任で、好きなことだけに取り組める。僕は器用じゃないから、1つのことしかできない。もし違う職業についたら、何をやっていたかと思うこともあるけれど、大学時代の仲間は出世してめちゃくちゃに稼いでいて、一緒に飲み会に行っても、行く店のグレードが会うごとに高くなり、飲み代も高くなっている。ただ、そこで聞くのは、会社や上司への愚痴だったりする。その点、僕は好きな落語をやっているだけで、気が楽だし、幸せなんです。

-来年は真打ちになります

昇吉 真打ちになることを知った全国の人から「おめでとう」と連絡があって、実感できた。これまで以上にやらないとダメだし、挑戦しないといけない。落語界の階級制度はいいシステムで、前座は何も分からずに駆け回り、二つ目はひたすらけいこをして勉強することが大事で、真打ちになって、1歩踏み出す。今年2月に落語を解説した本「マンガでわかる落語」を出版した時、いろいろな本を読んで調べて書いたら、本に載った原稿の30倍になった。本当に落語が好き。今考えても、職業として、落語家以外に考えられません。  ◇    ◇    ◇

昇吉は岡山大経済学部を卒業後、23歳で東大経済学部に入り直し、落語研究会でも活動。07年の卒業後に春風亭昇太に入門し、当時は東大初の落語家として話題になりました。ほかにも京大出身の笑福亭たま、入船亭遊京、桂福丸、米国の名門エール大出身の立川志の春などがいます。

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東京の落語界には「真打ち制度」があり、入門から真打ちになるまで、平均して14年ほどかかります。

▼見習い(みならい) 真打ちの師匠に入門し、弟子になることが落語家の第1歩です。見習い期間中は、寄席の楽屋に入ることはできず、師匠の仕事先にかばんなど荷物を持って付いて行き、師匠の家の雑用、楽屋入りに備えて着物のたたみ方、落語の稽古などの修業に励みます。

▼前座(ぜんざ) 見習いを1年ほど務めて前座となり、師匠に名前をもらいます。楽屋での仕事が大半で、楽屋の掃除、出ばやしの太鼓をたたき、出演者にお茶を出し、着替えも手伝います。高座の座布団を裏返し、演者の名を書いた紙(めくり)を変えたりと雑用を一手に引き受けます。

▼二つ目(ふたつめ) 前座を4年ほどで二つ目に。落語家として一人前となり、着物も紋付き、羽織も着られます。ただ、楽屋の仕事がなくなる分、自分で仕事を見つける必要があり、この間の努力次第で、将来に大きな差が出ます。

▼真打ち 二つ目を十年ほどで、真打ち昇進です。師匠と呼ばれ、弟子をとることもできます。寄席で最後に登場する主任(トリ)は真打ちしかなれません。

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落語界アラカルト

◆寄席(よせ) 落語を生で見たい人は寄席がお勧めです。東京に上野・鈴本演芸場、新宿・末広亭、浅草演芸場、池袋演芸場、そして国立演芸場があり、落語を中心に漫才、講談、マジック、紙切りなどさまざまな演芸を楽しめます。10日ごとに出演者が代わり、昼席・夜席とも興行時間は4時間以上ですが、出入りは自由。地方も仙台は花座、横浜はにぎわい座、名古屋は大須演芸場、大阪は繁昌亭があります。月に600を超える落語会もあり、気になる落語家をお目当てに行くのもいいでしょう。

◆落語家の団体 落語家の数は東西で800人を超え、過去最高と言われ、大半は何らかの団体に属します。ただ、真打ちが約370人なのに、二つ目が約150人、前座が約60人と、年齢層が高い逆ピラミッドの構造になっています。また、女性落語家も増えており、東京に真打ち11人、二つ目15人、前座9人です。 ▼落語協会 落語の団体として1番大きく、真打ち211人、二つ目67人、前座28人の計306人。人間国宝の柳家小三治、林家木久扇、春風亭小朝、林家正蔵、柳家花緑、林家たい平、柳家喬太郎、春風亭一之輔が所属しています。

▼落語芸術協会 真打ちは92人、二つ目49人、前座18人の計159人。「笑点」の司会でおなじみの春風亭昇太が会長を務め、95歳の桂米丸、桂米助、三遊亭小遊三、桂文治がいます。

▼落語立川流 立川談志が設立し、真打ち30人、二つ目20人、前座9人の計59人。立川志の輔、談春、志らくが所属しています。

▼五代目円楽一門会 先代三遊亭円楽が設立し、真打ち38人、二つ目17人、前座4人の計59人。三遊亭鳳楽、好楽、円楽がいます。

▼上方落語協会 上方落語の唯一の団体で、真打ち制度がありません。笑福亭仁鶴、桂文枝、桂文珍、笑福亭鶴瓶など約260人が加入しています。

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◆林尚之(はやし・なおゆき) 1978年入社。演芸担当になった直後に三遊亭円生さんを取材し、初代林家三平さんが亡くなった時に初めて追悼記事を書いた。立川談志さんに「お前さんの記事は信用できる」と言われたことが誇り。文化庁芸術祭選考委員、日本芸術文化振興会専門員を務める。共著「落語入門」。年300本観劇し、「悲劇喜劇」演劇時評を担当。