新型コロナウイルス感染拡大から自宅で食事する人が増えた。「おうちごはん」初心者からも支持されているのが、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」などで紹介され、予約が取れないことから“伝説の家政婦”と呼ばれるタサン志麻さん(41)だ。

フランスの3つ星レストランでの研修などを経験し、帰国後もフランス料理店で働いた経歴を持つ。家庭での食事時間を楽しむ大切さを一貫して提唱する姿勢が今、注目されている。

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志麻さんは料理本など13冊を発売している。5000部でヒットと言われる出版界業界で、累計発行部数は102万部を超える人気ぶりで注目されている。レシピはフランスの家庭料理が中心。手間がかかりそうという従来のフランス料理のイメージを覆し、短時間で手軽に作れておいしいと評判を呼んでいる。

「フランスの家庭料理はすごくシンプルなものが多いんです。肉を焼いて煮込むだけ、オーブンで焼くだけとか、和食よりも手間がかかっていないものが多い。実は簡単で楽。そういうレシピを知ってほしい。難しく考えず楽しく作ってほしい。フランス人のお母さんたちはすごく気軽に料理を楽しんでいます。作りやすいから、男性も料理がすごく好きなんです」

フランス人の夫ロマンさん(26)と長男(3)次男(1)の4人暮らし。和洋中何でも作るが、多忙な時は「簡単だから」とフランス料理を作る。一方、疲れた時は調理されたものを買って帰ることもある。

「フランス人が食事を楽しむ姿がすごくすてきだなと思って、フランス料理が好きになりました。私は何を食べているかよりも、どういう風に食べているかをすごく大切にしています。忙しい日は簡単に作っても買ってきてもいい。その分、楽しく食べることに気を付けています。子供やだんなさんと1日のことを話す機会にしています」

幼い頃から、料理好きの母親の背中を見て育った。大阪の料理専門学校に進学後、老舗フランス料理店などに料理人として15年間勤務した。「万人が楽しめる料理ではない」と仕事に違和感を覚え、自分を見つめ直した結果、30代半ばで退職した。

ロマンさんと結婚後、生活のためもあって、「お掃除も何でもやります」と家事代行マッチングサービスに登録した。家政婦として作った料理が評判を呼び、約1年後には料理専門で働くようになった。家庭料理の魅力を伝えたかった自分の思いが形になった。

「家政婦」という呼び名に誇りを持っている。「料理の勉強や仕事をしてきたのでおいしい料理を作るのは当然で、日々、家族が食卓を囲んで楽しむ料理を作るには家政婦という仕事がいいのかなと。料理人や料理研究家ではなく、家政婦であり続けたいです」。

家政婦業は基本的に1回3時間。訪問先の家庭にある食材と調味料で、5~7日分、多い場合は約15品作り置きする。「レシピは無限大にあります。レシピにこだわると全然料理ができないんです。材料や調味料がそろわないとか、よくあることなので」。時間との勝負であり、訪問先ではキッチン周辺を冷静に観察し、家族の姿に思いを巡らせる。「減塩しょうゆがあれば、味を薄めにしたほうがいいかなとか。冷蔵庫に貼ってある保育園の行事表に『いも掘り』と書いてあって冷蔵庫にいもがあったら、お子さんがそのいもをおいしく食べられたらうれしいかなとか。家庭生活の中の料理なので、なるべく生活にあったものを作ってあげたいと思っています」

コロナ禍で仕事のスタイルが変わった。滞在時間の短縮や接触感染を防止する意味でも、あらかじめ作った料理を持参するケースが増えた。世の中の「おうちごはん率」が確実に高まる中、家庭で食事の楽しさを感じてもらいたいという思いは強まっている。

「飲食業の友達も多く、いろんな影響で大変なこともありましたが、家で食事する関心が高まったのは良かったこと。家族でいろいろな話をしながら食事をとる楽しさや大切さを伝えていきたい。日々の食事はホッとできる味じゃないと。ピリピリしていたらそういう味は出せないです」。

穏やかな口調と笑顔で家庭料理の大切さを語る姿を見ると、志麻さんの手料理の心温まる味が想像できた。【近藤由美子】

◆タサン志麻(しま) 1979年(昭54)2月16日、山口県生まれ。大阪あべの・辻調理師専門学校、同フランス校を卒業後、研修を経て帰国。老舗フランス料理店などで勤務後、15年にフリーランスの家政婦として活動開始。家族構成や好みに応じた料理で「予約が取れない伝説の家政婦」として評判を呼ぶ。18年NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」出演回は宇多田ヒカル、本田圭佑らを抑え、同番組の年間最高視聴率を記録。著書は「ちょっとフレンチなおうち仕事」(ワニブックス)など。