最終回で32・7%と令和の最高視聴率を記録したドラマ「半沢直樹」では、歌舞伎俳優が活躍しました。香川照之こと市川中車、市川猿之助、片岡愛之助、尾上松也で、歌舞伎独特の演技も話題になりました。また、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」には坂東玉三郎が初出演しますが、実は第1回の大河ドラマは歌舞伎俳優が主演でした。「半沢」での歌舞伎的手法を紹介しながら、歌舞伎俳優と大河ドラマの関わりも振り返ります。【林尚之】

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当代随一の女形で人間国宝の坂東玉三郎が、「麒麟がくる」に正親町天皇役で出演します。上洛(じょうらく)した織田信長と渡り合う、美しい天皇という役柄です。映画出演はあるものの、ドラマは初めてですが、歌舞伎俳優と大河ドラマの関係は長く、深いものがあります。

【第1回は尾上松緑】大河ドラマは1963年(昭38)に始まりましたが、第1回は大老井伊直弼が主人公の「花の生涯」で、2代目尾上松緑さんの主演でした。当時は映画が全盛。テレビとして初の大型時代劇とあって大物の起用を模索し、50代で人気・実力があった松緑さんに白羽の矢が立ったようです。孫の4代目松緑も、辰之助時代の00年「葵 徳川三代」に家康の津川雅彦さん、秀忠の西田敏行に続いて、家光役で主演しました。

【歌舞伎俳優と時代劇は相性がいい】歌舞伎俳優は、1年のうち6カ月以上も舞台に立っていることから演技力は確かで、時代劇に欠かせない着物姿やかつらもさまになっていますから、時代劇で重用されるのも当然でしょう。時代劇映画の全盛期に活躍したスターたちも、ほとんどが歌舞伎出身者でした。

【結婚のきっかけが大河】66年「源義経」に、当時菊之助の尾上菊五郎が主演し、静御前は藤純子(現富司純子)でした。2人は共演をきっかけに、72年に結婚しました。93年「琉球の風」で27年ぶりに共演した際には、長女の女優寺島しのぶも出演しました。

【大河ドラマで2回主演】59回を数える大河の歴史で、2回も主演したのは、2人しかいません。三田佳子と松本白鸚(はくおう)です。白鸚は市川染五郎時代の78年「黄金の日日」で呂宋助左衛門(るそんすけざえもん)、現代劇だった84年「山河燃ゆ」で日系2世の天羽賢治を演じました。

【親子で主演】中村勘三郎さんと中村勘九郎です。勘三郎さんは勘九郎時代の99年「元禄繚乱」で大石内蔵助役で主演。長男勘九郎も19年「いだてん」では、マラソン選手の金栗四三(かなくり・しそう)役で主演しました。

【親子共演】94年「花の乱」に12代目市川団十郎さんが義政役で出演し、新之助時代の海老蔵も若き日の義政役でドラマデビューしました。その後、海老蔵は03年「武蔵 MUSASHI」に宮本武蔵で主演しました。中村芝翫は橋之助時代の97年「毛利元就」に主演し、当時1歳半の国生(現橋之助)が元就の孫役で出演。「黄金の日日」では、主演の染五郎に父幸四郎(初代白鸚)さん、長男の現幸四郎が本名で出演。親子3代共演となりました。

【長谷川一夫さんも歌舞伎出身】「討ち入り」の回が大河史上最高の53%という視聴率を記録した64年「赤穂浪士」で大石内蔵助を演じた長谷川一夫さんは戦前から人気の映画スターですが、歌舞伎出身です。71年「春の坂道」で柳生宗矩役の中村錦之助さんも歌舞伎界から映画に転じました。その後、歌舞伎の舞台に復帰し、萬屋錦之介と改名しました。77年「花神」の大村益次郎役の中村梅之助さんも、門閥制の歌舞伎界に反発して創立した「前進座」の歌舞伎俳優です。

【大河に5回出演】片岡仁左衛門は主演こそありませんが、孝夫時代に、65年「太閤記」で森蘭丸、「春の坂道」で豊臣秀頼、72年「新・平家物語」で高倉天皇、75年「元禄太平記」で浅野内匠頭、91年「太平記」で後醍醐天皇と、5回出演しました。

【「半沢」メンバーも大河に出演】香川は89年「春日局」の小早川秀秋から10年「龍馬伝」の岩崎弥太郎まで6回出演していますが、12年の歌舞伎界入り後はまだありません。07年「風林火山」で当時亀治郎だった猿之助は武田信玄役で出演し、愛之助も16年「真田丸」で大谷吉継、松也も17年「おんな城主 直虎」で今川氏真を演じています。

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「半沢直樹」の人気には、大和田常務役の香川、伊佐山証券営業部長役の猿之助、金融庁の黒崎役の愛之助、IT社長瀬名役の松也という歌舞伎俳優たちの怪演はもちろん、歌舞伎独特の手法も貢献しました。

【顔芸】歌舞伎には、観客の目を引きつけるクローズアップ効果を狙った「見得(みえ)」という所作がありますが、「半沢」で香川や猿之助らが見せたオーバーアクション気味の演技や顔芸も、この変化形と言えるでしょう。舞台上で喜怒哀楽を表現するために鍛え抜いた表情筋が、張りのある声とともに顔芸の迫力をより増していました。

【歌舞伎のキャラクターを反映】歌舞伎は勧善懲悪ものが多く、特に悪人のキャラクターが鮮明です。敵役の中でも首謀者的な役柄は「実悪(じつあく)」と言われ、「半沢」では大和田や、柄本明演じる箕部幹事長が当てはまります。巨悪に及ばない小悪党は顔を赤く塗って「赤っ面(あかっつら)」といわれます。「わびろ、わびろ」と連呼した伊佐山部長や、半沢(堺雅人)の反撃にあう曽根崎審査部次長(佃典彦)が、それでしょう。

【捨てぜりふ】大和田が半沢に言い捨てた「お・し・ま・い・デス(DEATH)」も、歌舞伎で言う「捨てぜりふ」の一種です。捨てぜりふは、俳優が台本にないせりふをその場の雰囲気に応じてアドリブで言うもので、俳優の技量が問われます。もちろん、「お・し・ま・い・デス」は香川自身の発案です。

【繰り上げ】曽根崎を問い詰めた時に、半沢と大和田が「さあさあさあ」と言葉の調子を徐々に上げながら繰り返す場面がありましたが、これも歌舞伎の「繰り上げ」という手法です。

【準歌舞伎メンバー】4人以外にも、富岡役の浅野和之は猿之助主演の新作歌舞伎「ワンピース」に出演。中野渡頭取役の北大路欣也も、父市川右太衛門は歌舞伎出身です。そういう意味では、2人も準歌舞伎メンバーと言えるでしょう。

◆林尚之(はやし・なおゆき) 78年に入社し、主に演劇・演芸を担当。81年の高麗屋三代、85年の12代目市川団十郎、05年の18代目中村勘三郎の襲名披露公演も取材。現在、文化庁芸術祭、鶴屋南北戯曲賞の選考委員、国立劇場養成事業委員などを務める。