新型コロナウイルス感染症で明け暮れた2020年もあと4日。過去、誰もが願う明るい新年へ「歌の力」で懸け橋となってきたのが、大みそか恒例のNHK紅白歌合戦である。日本が暗いニュースに覆われた時には、希望と勇気を届ける数々の歌が歌われてきた。「災害の時代」と言われた平成の紅白の取材を通して記憶に残る歌の力、出場歌手の思いを振り返る。コロナ禍の今年も「歌の力」に期待したい。【笹森文彦】
31日の第71回NHK紅白歌合戦のテーマは「今こそ歌おう みんなでエール」。これまでも暗いニュースがあった年には、テーマに沿って、出場歌手が熱唱を披露してきた。災害の時代と言われた「平成」がまさにそうだった。
◆雲仙・普賢岳火砕流(91年6月3日) 長崎県島原半島の雲仙・普賢岳が噴火し、火砕流が発生。大きな被害が出た。この年の第42回紅白では長崎出身のさだまさしが作詞・作曲した「SMILE AGAIN」を出場歌手全員で歌った。歌手のソロをつなぐ歌唱は、85年にアフリカの飢餓救済のため世界的アーティストが集結した「ウィ・アー・ザ・ワールド」をほうふつとさせた。さだはミレニアムの99年の第50回でも、スティービー・ワンダーが作詞作曲した「21世紀の君たちへ~A Song For Children」を和訳。同曲も歌手全員で歌唱された。さだは13年ぶりに今年の紅白に特別企画で出演し、「奇跡2021」を歌唱する。
◆阪神・淡路大震災(95年1月17日) 観測史上初の震度7を記録した都市直下型地震で、甚大な被害が出た。この年の第46回紅白のテーマは「新たな旅立ち」。被災者らから前川清に「そして神戸」を歌って欲しいという要望が相次ぎ、一時は大トリの候補と言われた。前川は神戸の夜景をバックに熱唱。当初、歌詞の「神戸 泣いて どうなるのか」が突き放しているようだという声もあったが、逆に大きな感動を与えた。前川は「被災地で仮設住宅やテントで寒い思いをして聴いている人がいるかもしれないと思って、力いっぱい歌った、音がずれてもいい、とにかく力強くと思い歌った」と話した。
◆新潟県中越地震(04年10月23日) 阪神・淡路大震災以来の震度7を記録。震度6の余震が続き、被害が拡大した。この年の第55回紅白で、新潟出身の小林幸子が初の大トリを務めた。8月にアテネ・オリンピック(五輪)が開催され、小林は五輪をイメージした「アテネの女神」というタイトルで、恒例の豪華衣装の構想を練っていた。しかし震災が起き「被災者のことを考え、素直な気持ちで着ないことを決めました」と豪華衣装を封印。本番は黒地に新潟の県木ユキツバキの花をあしらった着物を着た。「雪の中でも花を咲かせる強さから復興の願いを込めた」と、代表曲「雪椿」を熱唱した。歌唱後、涙を拭うシーンが感動を呼んだ。
◆東日本大震災(11年3月11日) 世界で4番目の規模というマグニチュード(M)9の大地震。未曽有の大津波と原発事故で、多くの人がふるさとから避難した。この年の第62回紅白では、演歌系の大御所を中心にふるさとの歌を熱唱した。芸道50周年だった北島三郎は記念曲を封印して、46年前の名曲「帰ろかな」を「帰れない人のために」と熱唱した。森進一は歌詞に被災地名が登場する「港町ブルース」を紅白で42年ぶりに、五木ひろしも「ふるさと」を38年ぶりに歌った。五木は「演出や意図をよく理解できました」と旧譜の歌唱を快諾した。また岩手出身の千昌夫が22年ぶりに紅白に復帰し、それ以来の「北国の春」を歌った。千は「歌の力を信じて歌います」と誓った。
◆熊本地震(16年4月14日) 震度7を記録し、熊本城が被災した。この年の第67回紅白では、熊本市出身の武田真一アナウンサーが総合司会に初めて起用された。氷川きよしが特別な許可を受けて、熊本城から生中継で「白雲の城」を熱唱した。歌唱に先立って武田アナが「熊本は私のふるさとです。家族や親戚や友達がいます。思い出の景色もあります」と語りかけた。そして「今も先が見えない苦しい思いをしている人がいます。遠く離れていても、ふるさとの姿を心に焼き付けていきます。頑張るばい、熊本!」とエールを送った。氷川の歌唱とともに、この年の印象に残るシーンだった。
今年は感染予防対策を徹底した無観客で行われる。歌手全員での歌唱などは難しいだろう。特別な紅白となるが、出場歌手それぞれのエールが、コロナ禍で耐える労働者や学生、激務が続く医療従事者など多くの人々に届くことを願う。
○…今年の紅白の注目は、もちろん活動休止前の最後の紅白となる嵐のスペシャルメドレー。加藤英明チーフ・プロデューサーは「どうやってみんなの注目を集めるシーンをつくりあげようか論議している」と話しており、紅白史上に残る演出になりそうだ。朝の連続テレビ小説「エール」の主題歌「星影のエール」を歌うGReeeeNが、どんな形でエールを送るか。このほか初出場の瑛人やNiziU、さらにLiSAの「アニメ『鬼滅の刃』紅白SPメドレー」は注目だ。総合司会の内村光良が語った、まさに「未知なる大舞台」になりそうだ。
◆NHK紅白歌合戦 終戦年の45年(昭20)12月31日にラジオで生放送された「紅白音楽試合」が前身。「歌合戦」でないのは、日本を占領した連合国軍の総司令部(GHQ)が、合戦はバトル(戦闘)を意味すると却下したため。51年に今に続く「紅白歌合戦」が始まった。当時はラジオの正月生番組だったが、テレビ放送が開始された53年の第4回から、12月31日に劇場に観覧希望者を入れての生中継となった。大みそかになったのは、自前のホールのない当時、劇場は正月公演でどこも借りられず、使えるのは休館日の大みそかだけだったため。73年からNHKホールに定着した。21年は同ホール耐震工事などのため、東京国際フォーラムで行われる。
◆笹森文彦(ささもり・ふみひこ)北海道札幌市生まれ。83年入社。NHK紅白歌合戦は87年の第38回から取材している。紅白は本番前の音合わせ、リハーサルから取材できる。かつてはNHKホールの楽屋口などにいくつものソファがあり、出場歌手と座ってじっくり話ができた。今は多人数アイドルグループら出場者数の増加や、安全面から撤去されている。日ごろなかなか取材できないスター歌手と接することができる、紅白ならではの貴重なソファだった。