東日本大震災をきっかけに仕事を辞め、20年以上暮らした神奈川県から生まれ育った岩手県大槌町に戻った。

佐々木光義(みつぎ)さん(52)。中古の家を買い、立ち食いそば店を経営しながら、犬2頭を災害救助犬に育てた。震災の津波被害で両親の行方は今も分かっていない。災害発生時は行方不明者の親族らの役に立ちたい一心で、2頭とともに災害現場に向かう。

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佐々木さんが飼っている犬はゴールデンレトリバー「ゆき」(雌7歳)とホワイト・スイス・シェパード「さち」(雌6歳)。毎日、自宅から2頭を連れ、1人で営む立ち食いそば店に車で出勤。仕事中、車中の大型犬の移動用ケージ内で2匹を待機させている。「『かわいそう』と言われることもあるけど、救助の際は待つことも仕事。訓練を兼ねているんです」と説明した。

秋田県内の高校、大学進学後に上京し、営業職に就いた。米俳優ケビン・コスナー主演映画「ボディガード」を見て「これをやりたい」と憧れ、都内の警備会社に中途採用された。震災発生時は有名企業の警備長を務めていた。

震災発生直後の津波で、大槌町内の実家は跡形もなくなった。実家にいた父・栄雄(えいお)さん(当時75)、母・セツさん(同73)、ゴールデンレトリバー犬が行方不明になった。栄雄さんは脳梗塞やギランバレー症候群などを患い、後遺症で右足を引きずっていた。「近所の人によると、父親は『走れないし、留守番しているから』と動かなかったらしい。母親は『どうしよう、どうしよう』と言っていたけど、『しょうがないから、私も残ります』となったらしいんですね」。

仕事を休み、両親を2週間探し続けた。連日、6、7カ所の遺体安置所を回り、700~800体の遺体と対面したが、見つけられなかった。「今は警察から連絡がくればいいなと。直後だったら、もしかしてどこかに…と思いますが、もう10年たちますし」。両親だけでなく飼い犬も探したが、見つからなかった。

震災がきっかけで仕事を辞め、12年に大槌町に戻った。立ち食いそばをよく食べていたことから、立ち食いそば店を始めた。幼いころは実家でミックス犬を飼っていた。新生活が落ち着くと「また犬でも飼おうかな」と思い始めた。

「ゆき」を飼って数カ月後、救助犬の訓練をさせてみようと思い立った。「普通にペットとして飼おうと思っていましたが、災害にあった土地柄もありますから」。プロに預けて訓練させ、「ゆき」は災害救助犬と岩手県警の嘱託警察犬の試験にそれぞれ合格。次に飼い始めた「さち」も災害救助犬に合格。岩手県警の嘱託候補警察犬になった。

16年、岩手県内で発生した台風被害で行方不明になった女性の捜索にボランティアで加わり、「ゆき」を出動させた。女性が行方不明になって3週間経過していた。捜索にあたる佐々木さんと「ゆき」を年配の男性がじっと見つめていた。女性の夫だった。「『ありがとう。お願いします』みたいな感じでした」。女性を見つけられなかったが、思い至ったことがある。

「災害救助犬は本来、生きている人を探す目的で訓練していて、10日~2週間経過した現場に連れていくべきではない、という考えもあるくらいです。でも、何かに反応する場合がある。人命救助という本来の目的でなくても、もしかして反応して何かを見つけられれば。そこにいた人が、結果がダメでも探してもらえただけでいいと。その気持ちだけで十分です。とにかく何かの役に立てれば」

「ゆき」は母・セツさんの名前をもじった。「さち」は佐々木さんが生まれるより前に、0歳で亡くなっていた姉・幸子さんから取った。「名前だけでも引き継いで残したいと思って」。震災で人口の約1割の1286人が死亡・行方不明の大槌町を含む岩手県沿岸部に、災害救助犬は「ゆき」と「さち」しかいない。今後の目標はそれぞれの子供から災害救助犬を誕生させること。「早く2世を作って引き継ぎ、災害救助犬を絶やさないようにしたいですね」。つらい経験を封印せず、災害への備えに生かしていく。【近藤由美子】

 

<今も増える震災関連死> 東日本大震災の津波や建物倒壊などによる直接死ではなく、負傷の悪化や避難生活による身体的負担などで死亡し、市町村などから関連が認められた場合に認定される震災関連死。復興庁によると、昨年9月30日現在で全国で3767人に上る。

岩手県は今年1月31日現在で470人、宮城県が1月31日現在で929人。東京電力福島第1原発の事故による避難が今も続く福島県が突出し、2月12日現在で2317人に上っている。このうち、1400人以上が東京で力福島第1原発に近い浪江町、葛尾村、双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町、川内村、広野町の8町村での認定となっている。

◆災害救助犬と嘱託警察犬◆ 災害救助犬は人命救助を目的に訓練され、災害現場で生存者の救出を手伝うのが基本業務。災害救助犬関連団体は全国で約40あり、佐々木さんが飼う2頭は大手の1つ、ジャパンケネルクラブの認定試験に合格した。同団体の合格率は約30%。災害救助犬の出動は基本ボランティアで、関連経費は自己負担。警察犬は嘱託警察犬と直轄警察犬の2種類。嘱託-は各道府県警察が毎年審査会を行い、選考して指定。警察からの要請で出動する。嘱託候補犬は将来嘱託見込みがある犬が認定される。