宮城県仙台市出身の岩井俊二監督(58)は、東日本大震災発生1年後の12年3月、NHKの復興支援ソング「花は咲く」の作詞を担当した。発生から10年目の今年、鈴木京香、西田敏行をはじめ岩手、宮城、福島3県ゆかりの俳優らが歌詞を朗読でつなぐ映像「花は咲く 2021」を監督した。岩井監督が10年、抱き続けた被災地への思いと、未来への願いを語った。また日刊スポーツのリクエストに「花は咲く」の、その先のメッセージを寄せた。【取材・構成=村上幸将】

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震災発生時、米ロサンゼルスに滞在していた岩井監督は4月に帰国し、5月に宮城県荒浜、石巻、塩釜を回った。その後、作詞の打診を受けたが、復興支援というコンセプトに違和感を覚えた。

「震災は人それぞれ向き合い方があり、大勢でスクラムを組んで歌う応援歌より、1人が向かい合いやすいんじゃないかと。イマジネーションの源泉、聖地でもある仙台に、懐かしさと愛情を込めて私の言葉として書いた。ご家族を亡くした方のお話を聞く機会があって、人と人の関係は互いの記憶によって成り立っている…その尊さについて、ものすごく考えさせられた。生きていようがいまいが、大切な人を身近で感じ続けることは大事だろうと」。

この考え方は、18年に仙台で初めて撮影した映画「ラストレター」など、震災後の作品に通底している。

「共通しているのは、亡くなった存在があって、というところ。近しい人が亡くなった時、どう受け入れ、どうなっていくのか。「ラストレター」で、さらに具体的に物語として描いた気がする。意識的に繋がったというより、この10年で自分の中の一大テーマだった。何をやっても、そういう作品になっていった」。

同じチームで今年、撮った映像で「花は咲く」の歌詞と再び向き合った。

「大切な方を亡くされた方々にとっては、時計が止まっているような状態もあるだろう。原点回帰というか今も傷つき、苦しい思いをされる方に、思いをはせることに意味があると思う」。

11年夏、東京は20年五輪の開催都市に立候補。12年には正式な立候補都市に選定された。この頃から、疑問を抱いてきた。

「やっぱり、ケガを負ったんだと思うんですね。日本を1つの命として考えれば、大事に治すタイミングはあるはず。五輪は国が健康な状態の時にやるべきこと。被災地の治療に集中しなきゃいけない、お金も投じなきゃいけない時期に五輪事業を始めた。無理やり立ち上がろうとしたからケガが悪化し、異常な予算の高騰に繋がったりとか。本当に五輪は無理して、転ぶを繰り返していた気がする」。

発生から10年の今、コロナ禍が世界を直撃したことは考える機会だという。

「世界中が、いやがおうでも立ち止まらなきゃいけない状況になったことで、やっと少し立ち止まれるタイミングを得たようにも見える。考え、反省して、未来を進んでいくためにも震災とそれからの10年間を振り返りながら、傷の具合を見てやっていく必要がある」。

10年が経過したからこそ期待もある。

「人生において、ものすごい強烈な体験をした人たちが打ち負けるのかというと、逆にタフな人間を生み出すだろうという期待もすごくある。原発事故の問題を、何とか解決しようという研究者、復興を頑張ろうという中である種の進化を遂げていく若い子だったり。“震災世代”が活躍する日は必ず来るというイメージは、ずっと持っている」。

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◆「ラストレター」岸辺野裕里(松たか子)は姉未咲の葬儀で、姉の面影を残す娘・遠野鮎美(広瀬すず)から未咲宛ての同窓会の案内と残した手紙の存在を告げられる。姉の死を知らせるために同窓会に行き、姉と勘違いされた裕里は、自身の初恋の相手乙坂鏡史郎(福山雅治)と再会。未咲のふりをして鏡史郎と文通を始めるが、その内の1通が鮎美に届いてしまう。そのことをきっかけに、鮎美は過去をたどり始める。