最年少4冠を達成した藤井聡太4冠は「AIとの共存」を公言する。87年新人王戦準優勝の引退棋士(七段)で、AI学者の北陸先端科学技術大学院大学の理事・副学長の飯田弘之氏(59)が「なぜこれほどまでに強いのか?」を2回にわたり分析する。第1回は「世界一の天才」の神髄です。

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竜王獲得、そして最年少4冠達成おめでとうございます。

当時、中学生だった藤井さんがデビューしたときに驚いたことがあります。すでにコンピューターの動作原理をよく理解し、人工知能(AI)の本質をつかんでいるのでは…。その後、数々の偉業を達成されてきた藤井さんですが、その「進化」はAIの発展と、その影響を抜きには語れないと思います。そこで3つの視点から「なぜこれほどまでに強いのか?」についてアプローチしたいと思います。まず「AIに学ぶ」。「勝負と芸術」の2つの視点からです。

AIの世界では将棋やチェスなどの思考ゲームは実験の題材として重用されてきました。当初はコンピューターのソフトは人間に惨敗続きでしたが、囲碁も将棋も「名人を超える」という明確な目標がありました。これは大きな利点です。

ゲーム理論に「ミニマックス原理」という用語があります。これは自分(相手)の手番では自分の利益を最大化(最小化)するという戦略です。この原理に基づき、先読み探索を実行することでAIは着実に強くなりました。

将棋のような対戦型のゲームで、試合を有利に進めるためには、相手の不得手な戦法へ誘導するなどして、相手が十分に実力を発揮できないようにするのが常とう手段です。ところが、筆者のみるところ、藤井さんはそのような考えはしていない。相手の最高を引き出し、それによって、自分の最高のパフォーマンスを余儀なくさせる。

その結果として、最高の試合、最高の棋譜を創造するという芸術的プロセスに専念しているように思えます。目前の勝敗よりもっと大切な何かがあることを感じさせてくれます。これこそが、ゲーム理論の骨子とも言える「ミニマックス原理」の神髄なのかもしれません。

「ミニマックス原理」を発表したのはアインシュタインが「世界一の天才」と呼び、「コンピューターの父」とも呼ばれる米国の数学者、フォン・ノイマンです。藤井さんは「世界一の天才」の神髄に独自で到達し、達観しているところに驚きがあります。藤井さんが小学校時代に立てた目標は「名人を超える」。これはAIが発展した最大の利点と同じです。私には、偶然の一致とは思えません。次回は「名人超え」についてお話をしたいと思います。(つづく)

◆飯田弘之(いいだ・ひろゆき)1962年(昭37)1月17日、山形県生まれ。AI学者。元プロ棋士(七段)。中学2年で上京しプロ棋士養成機関「奨励会」に入る。上智大理工学部3年のとき四段に昇段しプロ棋士。故大内延介九段の一番弟子。94年、東京農工大でコンピューターの研究を続け、博士号を取得。同年、棋士としての活動を休業。北陸先端科学技術大学院大学の副学長。「コンピューターは名人を超えられるか」など著書多数。