「1強」に突き進む藤井に、もう敵はいないのか。将棋が強くなるには「強い人に教わること」が欠かせないと言われる。史上最強と言われた故・大山康晴15世名人、「棋界の太陽」と呼ばれた中原誠16世名人、全7冠同時制覇など偉業を成し遂げた羽生善治九段は、自分よりも強い棋士がいない状態で戦い続けた。

レジェンドたちとは違い、藤井には“強い人”に教わる機会がある。トップ棋士よりもはるかに強くなった人工知能(AI)だ。いまでは、若手からベテランまで、多くの棋士がAIを搭載した将棋ソフトを活用した研究で棋力を高めている。

日本将棋連盟常務理事の鈴木大介九段(47)は「タイトル戦に出るということはプロの中で“情報共有”になる。藤井さんの将棋だけを研究している若手が増えてきています」。「藤井将棋」はプロ棋士にとって「最高の題材」になっているという。プロをうならせ、ときには「AI超え」とも言われる絶妙手を繰り出す。「藤井さんの次ぎの一手を予想し、当てていく。最初のころよりも、みんな、当たってくるようになっていると思う。藤井さんの指し手が読み解けるようになってきている」。

藤井は“強い人”から教わるときの注意点を心得ている。「ソフト活用は一歩間違えれば、思考そのものをソフトのゆだねて、自ら考えることを放棄することになりかねない」。AIの指す手をうのみにせず、自分の中で消化してから指す-。

昭和の時代は、コピーした手書きの棋譜をもとに、駒を並べて研究するのが主流だった。平成に入り、羽生がデータ処理、局面検索、形勢判断の道具としてパソコンを活用するようになった。令和になり、AIとの「共存」を目指す棋士は多い。鈴木はこう指摘する。「ここ数年、藤井さん以外の他の棋士も、AIにかなり近い手を指すことができるようになってきた。AIの予測する手は分かっている上で、アレンジを加えていく。そこからが本当の勝負です」。AIに必勝法があるわけではない。終局後の記者会見。今後、“藤井対策”を強化してくるラライバルたちとの戦いに藤井は「自分としては何かやり方を変えるとかはないので、やってきたことをまた積み上げて行くだけだと思います」。“強い人”に教わった棋士たちの新しい戦いが続く。【松浦隆司、赤塚辰浩】

◆将棋界の5冠と最初の達成時年齢 過去3人。第1号は故大山康晴15世名人。1963年(昭38)2月2日、39歳10カ月で達成した。獲得タイトルは名人・十段・王位・王将・棋聖。次いで中原誠十六世名人(引退)が78年2月6日、30歳5カ月で同じタイトルを獲得。93年8月18日に羽生善治九段が史上最年少の22歳10カ月で達成。この時は竜王・王位・王座・棋王・棋聖を保持した。