インターネット配信で手軽に聴ける音声コンテンツ隆盛の時代に、最古参の音声メディア、ラジオには今、何が求められているのか。情報社会学者の塚越健司さん(37)は「偶然の出会い」がキーワードだと言う。【取材・構成=秋山惣一郎】

<情報社会学者の塚越健司さんに聞く>

-音声メディア、コンテンツが盛り上がっていると言われます。その背景は

塚越さん スマートフォン、スマートスピーカーなど2010年代のデバイスの進化がとても大きいと思います。音声ブログとも呼ばれたポッドキャストだけでなく、全国のラジオ放送が聴けるスマホアプリのラジコなど、コンテンツも充実してきました。好きなコンテンツを探して手軽に聴けるようになって、音声メディアの価値が見直されています。

-どれを聴けばいいのか迷う、という状況です

塚越さん 現在は従来のポッドキャストに加えて、Spotify、Amazonが独自の音声コンテンツを配信するだけでなく、Radiotalkやspoon、Stand.fmといった音声配信アプリも数多く展開されています。地上波ラジオやラジコだけでなく、一般の人たちも番組を作って続々と参入しており、「素人革命」の側面も見受けられます。今まさに、音声コンテンツは群雄割拠の戦乱期にあります。

-その時代に音声メディアの最古参、ラジオは乗り遅れています

塚越さん ラジオは、放送に関わる法規制があり、公共性が求められます。また規模はさまざまにありますが、テレビ同様、基本的には「マス」が対象です。他方、ネットを利用した音声配信は、個人に最適化した「ターゲット広告」を狙えるなどの利点が挙げられるでしょう。これはラジコにも該当します。とはいえ、ネットの音声配信は、過激な内容、場合によってはフェイクニュースが流されることもあります。現にアメリカでは、有名ポッドキャストコンテンツがコロナに関する陰謀論を取り上げたことで問題になりました。

-広告収入減で、ラジオ局の経営はどこも苦しいようです

塚越さん 音声コンテンツの隆盛を、どのようにラジオに波及させるかは課題だと思います。ただ、ポッドキャストの登場は00年代、広告に関する議論も10年以上前から指摘されており、別に新しい話でもありません。そもそもネット以前からラジオの未来には悲観的な意見もありました。それでも今も生き残っているわけで、事業規模は小さくなるかもしれませんが、この10年20年でラジオが消えてなくなることはないと思います。

-なぜですか

塚越さん まずはラジコの活用による新たなビジネスモデルという方法が考えられます。また、ラジオの特性である「偶然」の出会いも重要だと思います。例えば、ラジオやラジコで目当ての番組を聞いていると、その後、自分の興味のないジャンルの番組がはじまっても、なんとなく聞き続けることがあります。気づけばそこから、思いもよらない新たな興味、関心が生まれることがある。ラジオの魅力のひとつと言えるでしょう。これに対して、大多数のネット音声配信は、最初から興味ある内容だけを検索、選択して聴取するスタイルであり、偶然が入り込む余地がありません。

-偶然がキーワードに

塚越さん ただし、こうした偶然の出会いはむしろIT分野で研究されています。近年は、好きな情報だけを取得することが望まれ、無駄な情報、こう言ってよければ「偶然」を排除しがちです。とはいえユーザーは、音声に限らず、動画やSNS上で「検索」することにも疲れています。そこで米国の巨大IT企業は、検索の時代の次を考え、「偶然」を人工知能(AI)で再現する試みを始めています。

-例えばどんな?

塚越さん 日本文学が好きな人に芥川龍之介、三島由紀夫とレコメンド(おすすめ)しても、分野自体の限界もあり、いずれ飽きます。ところがAIでユーザーの好みを分析すると、この日本文学好きのユーザーは、なぜかフレンチポップスとの相性がいいという結果が出る。そこでレコメンドすると、実際にユーザーはコンテンツに満足するので、関係ないおすすめも信頼して偶然と積極的に出会いに行くようになる、といったものです。自分が知らない、でも自分が好きになるものとの「偶然の出会い」をAIが提供する。近い将来のラジオは、この領域との戦いにもなると思います。

-検索より偶然の時代だ、と

塚越さん 職業運転手や商工自営業者のリスナーの中には、チューニングを固定して特定の局のラジオを流し聴きしている人もいます。古いスタイルですが、一周回って見直されるでしょう。能動的に情報を取りに行くことに疲れた人たちの一部も、受動的に偶然の出会いを楽しむ時代が来るだろうと思っています。

-ラジオの未来に希望が見えます

塚越さん とはいえ先に述べたように、偶然の領域もITとの戦いが待っています。私もラジオが好きなので「ラジオは特別だ」と言いたいのですが、冷静に検証する作業が必要です。

◆塚越健司(つかごし・けんじ)1984年(昭59)、東京都生まれ。学習院大学非常勤講師。専門は情報社会学、社会哲学。著書に「ニュースで読み解くネット社会の歩き方」など。

■苦しい局の経営

国内最大手の信用調査会社・帝国データバンクの調査によると、ラジオ局の経営は低落傾向にある。同社が20年秋に発表した、全国のラジオ局231社の経営実態調査によると、19年度の売上高合計は前年度比2・3%減の1136億3000万円で、3年連続で減少した。増収が41社、減収66社。横ばいが全体の53・5%を占める123社だった。

同社は、ラジオ局の収入源の大半を占める広告費の減少が主な要因と分析。新たな収入源の創出へ、ビジネスモデルの転換が求められる、としている。担当者は「調査は19年度までの5年で、コロナの影響は反映されていないが、大きな傾向は変わっていないだろう」と話す。19年度の売上規模では、ニッポン放送が約139億円でトップ。エフエム東京(約130億円)、TBSラジオ(約96億円)、文化放送(73億円)、J-WAVE(約46億円)と在京局が上位を占めた。