ラジオで大ベテランのタレント伊東四朗さん(84)が「そのために国連があって抑止力になるはずが、何の力もない」と嘆いていました。国際平和と安全のため、武力行使を含めて強制行動ができる唯一の国際機関であるはずなのに、常任理事国のロシアが持つ拒否権のため、暴走を止められず、あまりに無力に見えます。国連はこれから何ができるのでしょうか。元国連広報官の植木安弘上智大教授に聞きました。
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伊東さんが感じているもどかしさについて、心療内科医の海原純子さんも「気持ちがさらに落ち込むのは、これだけの理不尽と暴挙に対して、国連などの機関が止めようとしても止められないという現実だ」と先日、コラムに書いていました。国連安保理はウクライナ問題についてこれまで10回を超す緊急会合を開いてきましたが、決議案を採択できていません。
侵攻というと、真っ先に頭に浮かぶ90年のイラクのクウェート侵攻では、侵攻が始まった8月2日、安保理はイラクを非難し、即時無条件撤退を求める決議案を反対0、棄権1(イエメン)で採択しました。8月6日には全加盟国にイラクへの全面禁輸を求める決議案を反対0、棄権2(キューバ、イエメン)で採択しています。しかし、今回は侵攻翌日の2月25日、ロシアを非難し、即時撤退を求める決議案が論議されましたが、ロシアは拒否権を使い、中国、インド、UAEは棄権しました。あまりにも対照的です。
「拒否権があるため、常任理事国が国際平和と安全を脅威に陥れるような行為に出た場合、安全保障理事会、国連は動けなくなる。イラクとは質が異なって、全く新しい局面と言えると思います」(植木教授)。第2次大戦の戦勝国が中心となって新たな国際協調体制を確立するためつくられた国連は、常任理事国が「国際平和と安全維持のため、主要な責任を負う」と憲章に記しました。
「米国が加盟しなかった国際連盟は、日本、ドイツ、ソ連など常任理事国だった国が次々と脱退して、フランスと英国しか残らず、全く機能せずに崩壊しました。その教訓から拒否権は生まれました。拒否権があれば、脱退することなく、残る。拒否権というのは国連が空中分解することを防ぐ安全弁なんです」(植木教授)。
冷戦時代、米ソは拒否権を応酬し合い、拒否権は「国連のがん」「不当な特権」と呼ばれました。大規模な人権侵害が起きているときは拒否権を行使すべきでないなど、拒否権の見直しや安保理改革の議論は30年近く続いています。一方で植木教授の調べでは、2010~16年の7年間で429件の決議が採択され、9割を超える392件は全会一致でした。拒否権が使われ、否決されたのは10件で、多い年でも2件。冷戦終了とともに国連創設時に理想としたような集団安全保障体制が機能し始めていました。
法的拘束力を持つ安保理決議は、5つの常任理事国が拒否権を行使せず、15の理事国のうち9カ国以上が賛成すると、採択されます。今回、安保理が動けないため、国連は40年ぶりに緊急特別総会を開いてロシア非難決議案を討議しました。賛成141カ国、反対5カ国。安保理決議と違って総会決議はあくまで勧告ですが、ロシアの行動を国際社会は認めないことを示し、「西側諸国の対応に正当性を与える意味合いがある」と植木教授は話します。
ほかに国連は何ができるのでしょうか。国連憲章99条には「事務総長は国際の平和及び安全の維持を脅威すると認める事項について、安全保障理事会の注意を促すことができる」と書かれています。植木教授は「事務総長は政治的な役割を与えられています。ただ、(国連アフガニスタン担当特別代表、国連事務次長などを歴任した)ブラヒミ氏は昔、『大人がけんかしているときに仲裁することはできない』とよく言っていました。大国のロシアが自らの野望を達成するため、軍事行動をしているときに、事務総長が入って平和を要求しても受け入れられないことは明白です」と話します。
そうすると、国連はやはり難民支援や食料支援など人道支援が中心になるのでしょうか。「ジェノサイド(大量虐殺)があったとするロシアの主張に、ウクライナは国際司法裁判所に提訴し、裁判所は16日、ロシアに軍事行動を即時停止するよう命じました。それと、国連人権理事会が調査委員会を設置しました。集めた証拠を国際刑事裁判所に提出することができます。国際刑事裁判所はジェノサイド、戦争犯罪、人道に対する罪、侵略犯罪という4つの罪に関与した個人を時効なく訴追できます。国家元首ではスーダンのアル・バシル元大統領が訴追されています。アル・バシルは失脚後、新しい政権が国際刑事裁判所に引き渡しました。4つの罪についてプーチン大統領の責任を問うことはできます」。
被告不在の欠席裁判はできないため、訴追には身柄拘束が必要です。プーチン氏が権力を握っている間は難しくとも、いずれはその責任を問える日が来ます。
<今後の展開>
トルコやイスラエルが仲介に名乗りを挙げ、停戦に向けての外交努力が始まっています。しかし、ゼレンスキー大統領を退陣させ、傀儡(かいらい)政権を樹立するという軍事目的を達成していない状況でプーチン大統領が交渉に乗ってくることはなく、短期的には状況はさらに悪化するというのが専門家の見方です。
ロシアの軍事・安全保障政策を専門とする小泉悠東大先端研専任講師は、ロシアはチェチェンの首都グロズヌイやシリア北部のアレッポで行ったような無差別攻撃に入るとみています。ただ、人口288万人の首都キエフが陥落しても、ゼレンスキー氏は西部のリビウなどに移り、戦闘は続きます。
角茂樹元駐ウクライナ大使も17万人の兵力で日本の1・6~1・7倍の国土を持つウクライナは制圧できず、長期化は必至とみています。ロシアは情報統制していますが、ウクライナで行われているのは「兄弟国と教えられてきたウクライナの人たちの殺りくだと知ったら、国民は驚愕(きょうがく)し、反戦運動は何十倍にもなるだろう」(角氏)。経済制裁でルーブルは急落し、マックやスタバも閉店しました。ロシア国内の動きもポイントになりそうです。
◆国連総会緊急特別会合・ロシア非難決議案 2014年のクリミア併合無効決議案は賛成100カ国、反対11カ国、棄権58カ国、欠席24カ国で、今回は賛成が41増え、反対が6、棄権が23、欠席が12減った(国連の投票は賛成、反対、棄権の3つのボタンしかなく、無投票は欠席扱いになる)。14年も今回も反対はロシアのほかベラルーシ、北朝鮮、シリア。エリトリアは棄権から反対に回った。反対から棄権や欠席に変わったのはアルメニア、ボリビア、キューバ、ニカラグア、スーダン、ジンバブエ、ベネズエラ。棄権や欠席から賛成になったのはブラジル、エジプトなど46カ国で、逆に賛成から棄権・欠席は中央アフリカ、マダガスカル、カメルーン、トーゴ、アゼルバイジャン、ギニア。中国、インドは14年も今回も棄権した。
◆国際連合 1945年10月24日、51カ国で発足。非常任理事国は当初6カ国だったが、新興独立国の加盟が増え、65年、10カ国になった。日本は56年、東西ドイツは73年、韓国、北朝鮮は91年に加盟した。脱退した国はこれまでなく、193カ国が加盟する(未加盟はバチカン、クック諸島、ニウエ、コソボなど)。安保理については常任理事国を5カ国、非常任理事国を4カ国増やし、計24カ国とする改革案があるが、特権を守りたい常任理事国は難色を示し、候補となる日本、ドイツ、インド、ブラジルに対してはライバル国の反対もあり、頓挫している。
◆国際連盟 第1次大戦の反省から米大統領ウィルソンの提唱で1920年結成された。米英仏伊日が常任理事国となる予定だったが、米国は上院の反対で参加せず、出足からつまずいた。33年、満州事変のリットン調査団の報告書を不服とする日本が脱退。26年に常任理事国として加盟したドイツも33年、ナチス政権の誕生で脱退した。イタリアもエチオピア侵攻・併合で制裁を受け、37年に脱退。34年に加盟したソ連も37年、フィンランド侵攻で除名となり、主要国で残ったのは英仏だけになった。第2次大戦への流れを止めることができず、約20年で瓦解(がかい)した。本部はジュネーブ。
◆中嶋文明(なかじま・ふみあき)81年入社。爆撃され、3人が死亡したマリウポリの病院について「過激派に占拠され、その拠点になっていた」とか「妊婦は女優で演技をしている」とか、ロシア側の強弁には付き合い切れない思いがします。プーチン大統領はゼレンスキー政権を「ネオナチ」と呼び、「非ナチ化」を侵攻の目的として挙げました。ゼレンスキー大統領はユダヤ系です。ユダヤ系だけどネオナチ!? そんな砂糖だけど塩みたいなことはあるのでしょうか。