山梨、静岡、神奈川の3県や国、関係機関などでつくる富士山火山防災対策協議会が3月30日、富士山の噴火に備えた避難計画の中間報告を公表し、溶岩流が発生した場合の対応について「一般住民は原則として近くの避難場所まで徒歩で避難する」との方針を示しました。昨年のハザードマップの改定に伴う見直しですが、噴火の可能性は? どんな噴火を想定? なぜ溶岩流からの避難は徒歩? 首都圏で降灰の被害は?…最後に噴火したのが約300年前だけに、心配は募ります。検討メンバーでもある、山梨県富士山科学研究所・主幹研究員の吉本充宏さんに聞いてみました。

   ◇   ◇

◆標高3776メートル、日本最高峰の富士山は活火山。富士山火山防災対策協議会(以下、協議会)によると、過去5600年間に約180回の噴火が確認され、うち96%は小規模か中規模。溶岩流が発生した噴火は約6割、火砕流が発生したのは1割以下。江戸時代中期1707年の宝永噴火を最後に、噴火は確認されていません。

-富士山はナゾの多い山とおっしゃってますね

吉本さん 多くの火山は数十万年くらい活動しますが、富士山は10万年くらいしか活動してないのに、たくさんのマグマを出して日本一大きな山に成長しました。超巨大噴火などと呼ばれるカルデラ噴火のように1回でたくさんマグマを出す火山はありますが、富士山はそれに比べて小さな規模の噴火を数多く繰り返して大きくなってきた。こういう火山は山頂部が崩壊することがありますが、富士山は修復し、きれいな形を保っている。また例えば、玄武岩質の火山はマグマがサラサラで、富士山のような形になりにくいのです。いくつかの現象がうまくかみ合ってできていると考えられます。そんな高い噴出率を10万年間保ってきた火山がなぜここにあるのか、なぜ小さい噴火を繰り返しているのかなど、ちゃんと謎解きができていません。状況証拠はたくさんありますが。

◆富士山の活動は、周辺に地震計、監視カメラ、全球測位衛星システム(GNSS)などが多数設置され、マグマが地上に上がってくる時や水蒸気の動きなどで起きる火山性微動、地下数キロと浅いところの低周波地震、地下20~30キロの深部低周波地震などを観測。気象庁が24時間監視し、毎月1回、活動状況を発表しています。現時点では「活動に変化はなく、静穏に経過し、噴火の兆候は認められません」としています。

-300年間噴火がありませんが、今の切迫度は

吉本さん 富士山の場合、最初に増えてくるのが深部低周波地震、次にマグマが上がってくるような地震が増えてくると考えられています。地震と異なり、長期的な切迫度は全く分からない。火山はマグマが動き出すまで何も分からないんです。風邪を引くとか、がんにかかるとか、みんな、いつか起きるかもしれないと思って生活していますよね。それと同じようなリスクと考えたらいいと思います。噴火するのは間違いないと思いますが、1カ月後か、1年後か、10年後か、100年後なのか分からない。だからこそ、噴火した時にどう対処するかを理解しておくことがすごく大事。ハザードマップを用意するのは予防のため、的確に対応するためで、的確に避難することによって、命を失うことがかなり低減できると思っています。正しく理解していただきたい。

◆協議会は04年にハザードマップを発表。新たな科学的知見が蓄積され、昨年3月に改定しました。過去の噴火の研究などから想定火口範囲を設定。溶岩流、火砕流、融雪型火山泥流、降灰などがいつどこに影響する可能性があるかを示し、ドリルマップなどにまとめています。溶岩流の場合、3時間で到達する可能性のある範囲、最終的に(最大で約57日)到達する可能性のある範囲など到達時間ごとに提示しています。

主な改定ポイント=<1>対象とする噴火年代を過去3200年間を過去5600年間に変更 <2>新たに追加された火口と山頂から半径4キロ以内の全域を追加し想定火口範囲が広がった <3>大規模噴火の溶岩流の噴出量を7億立方メートルから13億立方メートル(平安時代初期864~866年の貞観噴火の噴出量)に変更 <4>溶岩流の流下範囲が拡大し、一部で到達時間が早くなった。到達する可能性のある地域は、静岡と山梨の2県15市町村から神奈川を含む3県27市町村に拡大 <5>火砕流は傾斜の急な北東方向(富士吉田市方面)と南西方向(富士宮市方面)に長く流れる傾向に <6>大きな噴石は影響想定範囲が南西と北東側に広がった(大規模噴火で4キロ、中・小で2キロ)。

-ハザードマップはどのようにつくられたものですか。また、どのように改定したのですか

吉本さん ハザードマップは今まで起こってきた現象、起こる可能性のある現象を過去最大規模の量を使って、いろんな場所で噴火した場合を想定してつくったものです。改定にあたっては、富士山のこれまでの活動を考慮して、現在の活動が活発化した約5600年前以降からの活動の傾向が続くだろうと想定しました。対象とする活動年代をさかのぼったことにより追加された火口などもあり、想定火口範囲が広くなりました。

溶岩流、火砕流などの影響は、想定火口範囲の外縁部に計算開始地点を設定し、地形を04年より細かく区切ってシミュレーションしました。外縁部に設定したのは、現象がどれくらい遠くの人まで影響があるのか、どのくらい早く自分たちのところに到達するかを知らせたいから。地形を細かくすることで、尾根や谷を考慮したシミュレーションをすることが可能となり、影響をより詳細に示すことができます。例えば、大規模な溶岩流が富士山の北側斜面で発生した場合、溶岩流は富士吉田市街を流れ、桂川の流域に入ると、相模湖あたりまで流れる可能性があることが示されました。

◆協議会はハザードマップ改定を受けて避難計画の見直しを進め、3月に中間報告を公表。想定火口範囲の拡大などにより、溶岩流が噴火から3時間以内に到達する可能性のある地域を中心にしたエリアの避難対象者を、計約11万6000人と推計。改定前の想定約1万6000人の約7倍に増えました。一斉に車を利用すると、深刻な渋滞が発生し逃げ遅れる可能性が浮上。溶岩流は人が歩くほどの速さでもあり、徒歩避難を原則とし、お年寄りら要支援者の車両避難を優先する方針を示しました。想定火口範囲、大きな噴石や火砕流などの影響範囲では噴火前に全員が車で避難する方針です。

-富士山が噴火した時、どのようなことに気をつけたらいいでしょうか

吉本さん 火山はいろんなことが起こります。溶岩流、火砕流、土石流、火山灰…それぞれ速さ、温度、到達距離が違い、逃げ方が全部違います。例えば、溶岩流はゆっくり流れます。火砕流は時速100キロ以上で流れるので、到達するところにいればほとんど逃げ切れない。到達する距離も、大きな噴石はせいぜい4キロくらいまで、火砕流は10キロくらい、溶岩流は20キロくらいまで流れる可能性もある。火山灰は100キロ以上飛ぶ可能性がある。噴火の規模によっても届く範囲が異なりますので、事前に推定することはできません。噴火して初めて目の当たりにした状態で避難行動を取らなければならないのです。まして富士山はいろいろな現象が起こる可能性があり、ある意味なんでもありの状態です。

今回の広域避難計画改定の中間報告では、避難の中核となる避難対象エリアの改定を行いました。これまでは5つの避難対象エリアが設定されていました。そのうちの第2次避難対象エリア(旧)は、火砕流、大きな噴石、溶岩流(3時間以内)の到達範囲のエリアとしていました。今回、火砕流、大きな噴石の範囲を第2次避難対象エリア(新)、溶岩流3時間以内到達の範囲を第3次避難対象エリア(新)に細分しました。前者は噴火前から逃げておかなければならない地域、後者は噴火後、火口が分かってから避難する地域です。

噴火後の避難については、火口が特定されて、その火口から溶岩流等の到達する可能性のある範囲の住民方が対象となります。また、避難の対象となる一般住民は渋滞にならないよう歩いて逃げましょう、車は歩行が困難など弱者の方に使っていただきましょうというメッセージです。移動は最小限の方が、命も暮らしも守れる可能性があります。今まではすぐに遠くに逃げようという考え方でしたが、今回の改定では、まず、命を守れる範囲に退避するという考え方で、何十キロも歩くというわけではありません。溶岩流は数百メートル~1キロくらい離れたら安全圏に入れるので。ちょっと移動して溶岩を避けられればいいんです。規模も小噴火の方が圧倒的に多いですし、噴火前から規模などを推定することはできません。やみくもに全員が逃げるよりも、起きたことが分かってから逃げた方が効率的です。もちろん移動距離や渋滞の有無で、避難の仕方が変わってもいいと思います。

-噴火する時は事前に分かるのですか

吉本さん 過去の実績をみると、全く予兆のない噴火はほぼ起こり得ないだろうと考えています。兆候があった時の自主避難は規制するものではありません。1人も逃げ遅れを出さないためにどうするかを考えています。そのために、みなさん、協力しましょう。

※ハザードマップや避難計画の中間報告の詳細な資料は、山梨県や静岡県のHPなどで閲覧できます。【聞き手・構成=久保勇人】

★首都圏でも火山灰で深刻被害の可能性

富士山が大規模な噴火をした場合、首都圏でも火山灰による深刻な被害が予想されます。国の中央防災会議は20年に、大規模噴火時の首都圏における降灰の影響と対策を報告。ハザードマップが想定規模とした、江戸時代の宝永噴火をモデルケースに影響などを検討しています。山梨県富士山科学研究所の吉本さんは「宝永噴火では火山灰は千葉県まで飛んでいます。大規模噴火の場合、1万~2万メートルまで噴煙が上り偏西風にのって飛んでいく。風の向きや強さで影響の範囲は変わります」と説明します。

報告では、噴火の3時間後、1日目、15日目(最終)などと時系列で影響範囲を整理。山中や海などを除き、一定の土地利用がされているところに積もる灰を処理が必要なものと想定したところ、総量は西南西の風のケースで約4・9億立方メートルに達しました。これは東日本大震災の災害廃棄物の約10倍にあたります。

想定される主な影響は以下の通り。▼鉄道=微量の降灰でも地上路線の運行が停止。▼道路=視界低下などで渋滞。▼電力=降雨時に送電器具に付着すると停電も。▼上下水道=水質悪化や断水、降雨時に下水管が詰まる。▼建物=降雨時に木造家屋が灰の重みで倒壊する可能性や、空調設備の室外機の不具合なども。降灰は何日も続く可能性もあり、対策は複雑で難題です。

内閣府の担当者によると、現在は報告を踏まえて、関係各省庁が対応を検討中。今後、降灰が想定される自治体との協議も必要とし、やり方などを検討しているそうです。