ロシアがウクライナ侵攻を始めて、3カ月が経過しました。ウクライナの激しい抵抗に苦戦し、世界中から非難を浴びながらも攻撃を続け、民間人を大量虐殺し、町を破壊し続けており、戦争の終結はいまだに見えません。暴挙に踏み切ったウラジーミル・プーチン大統領(69)は暴走を続けるのか、止める人はいないのか、ロシアはどこに向かうのか。ニュースによく出てくる「オリガルヒ」「シロビキ」など、プーチン氏に近いキーマンをおさらいし、プーチン氏の今後についても専門家に聞いてみました。

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【キーマンたち】 プーチン大統領に近い人々は、軍、情報機関や治安機関などのエリート官僚、オリガルヒなどに大別されることが多いです。側近を信頼できる仲間や部下、友人らで固めているともいわれます。彼らの多くがプーチン氏の出身母体、旧ソ連のKGB(国家保安委員会)や、出身地で副市長も務めたサンクトペテルブルク(旧レニングラード)時代の人脈で、趣味の柔道やアイスホッケーの仲間も目立ちます。例えば、安全保障会議と2つの情報機関のトップは、レニングラード時代から長年忠誠を尽くす3人組で固めています。プーチン氏が創設した国家親衛隊のゾロトフ隊長は元ボディーガードです。

【オリガルヒ】 オリガルヒという呼称は、少人数による支配を意味するギリシャ語に由来。政治的影響力を持つ新興財閥、超富裕層のことです。ロシア政治が専門の中村逸郎・筑波大名誉教授は「91年にソ連が崩壊し、企業が資金調達のため株券や社債を発行した時、買いあさった人々。特に天然ガス、原油など地下資源関連の株を買って大株主になった人が源流です」と説明します。

当時のエリツィン大統領と親しい仲間が多かったが、プーチン氏が実権を握ると、自分に忠誠を誓わない人は追い出し、新たに自分の仲間を厚遇し利権を与えるなどして台頭させました。例えば、ロシア最大の石油会社ロスネフチのセーチン氏、最大の天然ガス会社ガスプロムのミレル氏はともに、プーチン氏のサンクトペテルブルク時代の部下。セーチン氏は「プーチンの家政婦」と呼ばれるほどの最側近で「第2の大統領といわれるほど実権を持っています」(中村氏)。

オリガルヒの数は210~250人ともいわれるそうです。米メディアによると、彼らの資産総額が国内総生産(GDP)の15%超を占めるとのデータもあります。中村氏は「ロシアは貧富の差が激しい。その中核にいるのがオリガルヒ」と説明。プーチン氏自身の個人資産も22兆円に上るとの情報もあります。

【シロビキ】 「シロビキ」という呼称は、タカ派、対欧米強硬派の人々を指すそうです。KGB出身者が中心で、安全保障会議トップのパトルシェフ氏やセーチン氏らが代表格と言われます。中村氏は「今回の作戦は、プーチン氏とパトルシェフ氏が突っ走ったとも言われています。彼らはロシアの安全保障が最優先。経済制裁を受けてもへこたれてはだめ、もっとやれという人々」とした上で「オリガルヒの中にはシロビキに不信感がある人もいて、(要人も)一枚岩ではありません」と説明します。

【不協和音】 盤石にみえたプーチン氏の足元では侵攻前後で、さまざまな異変や不協和音が起きています。今年に入ってからはオリガルヒの不審死が相次いでいます。ガスプロムバンクの元副社長、天然ガス大手ノバテクの元副会長、石油会社ルクオイルの元幹部ら、7人とも8人ともいわれる富豪が不自然な死を遂げ、一部は家族も亡くなっています。多くが自殺などとされていますが、中村氏は「遺書もなく、家庭やビジネスにトラブルもない。主に経理の責任者で、プーチン氏の金の動き、汚職などを知っている人とも思われます。政権を批判したのではないか、粛清ではとの見方もあります」。

欧米は、オリガルヒにも資産凍結など厳しい経済制裁を科しています。中村氏は「彼らの資産は外国の方が多く、制裁の影響は大きい」と説明。米誌フォーブスが4月に発表した2022年版世界長者番付によると、ロシアの多くの富豪の資産が昨年から激減し、資産10億ドル以上のビリオネアの数も34人も減ったそうです。国外に脱出する人も多く、「侵攻開始の2月24日ごろに、ロシアからトルコや中東に向け多くのビジネスジェットが飛ぶのが確認されています」(中村氏)。批判の声を上げるオリガルヒもいます。

侵攻では苦戦を強いられ、軍の司令官が次々に解任されています。今回の作戦をになったKGBの後継組織FSB(連邦保安局)第5局が、都合のいい情報だけを報告したことなどでプーチン氏が怒り、150人が追放されたとの情報もあります。クーデター説も出ています。プーチン氏についても、オリガルヒの発言として「血液のがん」の可能性との情報が流れるなど健康不安説が強まり、恋人カバエワさんの妊娠情報もあります。中村氏は「真相は分かりませんが、そんな話が出てくることが、政権にとって痛手。言論統制が効かなくなっています」と指摘します。

【どうなる?】 内部崩壊の気配も強まる中、プーチン氏や、支えてきたキーマンたちは今、何を考え、今後どうするのでしょうか。中村氏は「プーチン離れが進み、ポスト・プーチンの主導権をめぐってそれぞれが動き、権力闘争が起きていると思います。オリガルヒは自分たちの利益を守ってくれる人になってほしい。シロビキは、プーチン氏では勝てない、核を使って欧州を攻撃しなければという人もいる。欧米とどう協調するか、妥協点を探る人もいる」としています。

プーチン院政の可能性にも言及しています。「5月9日の戦勝記念日の映像で、プーチン氏とドミトリー・コバリョフ氏(36)という男性が親しく話す様子が長い時間流され、後継者のお披露目ではないかとみられています。大統領府の局長職で、プーチン氏とはアイスホッケー仲間、父親はガスプロム関係の会社の経営者とされています」。中村氏はその上で「プーチン氏は野党勢力が結集しないうちに、早く大統領選を実施したいはず。病気治療を理由に政権交代しておきたいのではないか。コバリョフ氏を大統領代行に指名し、6月12日ロシアの日にでも何らかの形で披露。秋くらいに大統領選を実施し、院政を敷くというシナリオの可能性があるかもしれません。裏ではセーチン氏が協力すると思います」とみています。

【久保勇人】

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★プーチン大統領を取り巻く主なキーマンたち

【軍、官僚、治安、情報関係】

●セルゲイ・ショイグ氏(67)国防相

プーチン氏の腹心の1人。軍参謀本部情報総局(GRU)トップも

●ワレリー・ゲラシモフ氏(66)軍参謀総長

軍制服組トップ。99年チェチェン紛争で軍を指揮した

●ニコライ・パトルシェフ氏(70)安全保障会議書記

シロビキを代表するタカ派。レニングラード(現サンクトペテルブルク)時代からプーチン氏に忠誠を尽くす3人組の1人。ソ連の国家保安委員会(KGB)でプーチン氏とともに働き、後継組織の連邦保安局(FSB)長官をプーチン氏から引き継いだ

●アレクサンドル・ボルトニコフ氏(70)連邦保安局(FSB)長官

サンクトペテルブルク、KGB時代からの3人組の1人。FSB長官をパトルシェフ氏から引き継いだ

●セルゲイ・ナルイシキン氏(67)対外情報局(SVR)長官

3人組の1人。侵攻直前の安全保障会議の発言でプーチン氏から叱責。国家院(下院)議長も務めた

●ヴィクトル・ゾロトフ氏(68)国家親衛隊(NGR)隊長

プーチン氏の元ボディガード。プーチン氏が16年に創設した国家親衛隊を率いる

【オリガルヒ】

●イーゴリ・セーチン氏(61)ロシア最大の国営石油会社ロスネフチ会長

「プーチンの家政婦」と呼ばれるほどの最側近の1人。シロビキの1人ともいわれ大きな権限を持つ。プーチン氏がサンクトペテルブルク副市長時代の部下

●ローテンブルク兄弟 アルカディ氏(70)、ボリス氏(65)建設会社SGM

大統領の幼なじみで、少年時代からの柔道の仲間。ガスのパイプラインや送電網など建設。銀行も。純資産アルカディ氏17億ドル、ボリス氏10億ドル

●セルゲイ・チェメゾフ氏(69)軍需企業ロステックCEO

KGBの同僚。東ドイツ時代に同じアパートに住んでいた

●エフゲニー・プリゴジン氏(60)配食ビジネス

「プーチンの料理人」と呼ばれる。民間軍事会社ワグネルのオーナーとされる。ゼレンスキー大統領暗殺部隊を送り込んでいたとされる組織

●アレクセイ・ミレル氏(60)ロシア最大の国営天然ガス会社ガスプロムCEO

サンクトペテルブルク時代の部下

●ユーリ・コヴァルチュク氏(70)銀行家

サンクトペテルブルク時代からの親友で、「プーチンの個人銀行家」とも呼ばれる。資産13億ドル

●ゲンナジー・ティムチェンコ氏(69)天然ガス大手ノバテク大株主

柔道の仲間。「大統領の金庫番」と呼ばれる。資産113億ドル

●アレクセイ・モルダショフ氏(56)ロシア最大の鉄鋼、鉱業会社セベルスターリ会長

資産132億ドル

●ウラジーミル・ポターニン氏(61)世界最大のニッケル会社ノリリスク・ニッケル大株主

資産は173億ドル。ロシア撤退表明の企業の資産差し押さえに異論

●アリシェル・ウスマノフ氏(68)実業家

金属、鉱業、通信など。エリツィン時代に台頭し、プーチン氏とも親しい。資産115億ドル

●オレグ・デリパスカ氏(54)ロシア・アルミニウム社長

アルミ王。エリツィン時代に台頭。SNSで早期終結を呼び掛けた。資産17億ドル

●ロマン・アブラモビッチ氏(55)石油・金融

エリツィン時代に台頭。石油王。サッカープレミアリーグ・チェルシーのオーナーだったが売却。資産69億ドル。停戦交渉仲介か

●ミハイル・フリードマン氏(58)金融などアルファグループ会長

ウクライナ出身。侵攻の中止を訴え。資産118億ドル

●オレグ・ティンコフ氏(54)オンライン銀行ティンコフ銀行創業

自転車ロードレースのチームで知られた。「西側のみなさん、この虐殺を止めてください」とSNSで発信。ロシア国内にはいない

 

◆久保勇人(くぼ・はやと) 1984年入社。文化社会部、スポーツ部など経験。91年8月下旬、保守派のクーデターが、エリツィン氏や市民の抵抗で失敗に終わりました。失敗の2日後からモスクワで取材。赤の広場で求心力を失ったゴルバチョフ大統領を目撃しましたが、目の下のクマと疲れた表情が印象に残りました。ソ連は一気に崩壊しました。プーチン氏は今、どんな表情をみせているのでしょう。