ウクライナ侵攻、原油や原材料費の高騰、新型コロナ禍、異常気象などが重なり、世界的に食料危機が心配されています。国民に食料を安定して供給するための食料安全保障という言葉もよく聞かれるようになりました。日本でも、円安もあって値上げが一段と本格化しつつあります。食料自給率(カロリーベース)は、先進国で最低水準の37%。私たちの食事は、大丈夫なのでしょうか?

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食料や飼料をめぐる状況が世界で深刻化する中、食料自給率が非常に低い日本にはどんなリスクが考えられるのでしょうか。農業経済学が専門の、愛知学院大経済学部の関根佳恵教授に聞きました。

-食料自給率が低くても不自由なく食べられていましたが、不安が高まっています。輸入が止まり、食料不足が起きるリスクにはどんなことがありますか

関根教授 <1>戦争や紛争など、9つくらいが考えられます。

<2>人・家畜の感染症の拡大=コロナで労働者が働けなくなり出荷できないとか、家畜でも鳥インフルエンザ、口蹄疫などいろんな病気があります。

<3>気候危機・自然災害=洪水や土砂崩れ、アマゾン川流域や豪州や米国でも大規模な山火事が起きています、干ばつや地震、津波なども。

<4>為替の変動や通貨危機、債務危機の発生。

<5>バイオ燃料の増加=石油価格高騰で、代替燃料としてバイオ燃料の需要が高まり、トウモロコシ、大豆、サトウキビなどが燃料にされ、穀物や家畜の飼料の価格が高騰。輸入飼料に頼っている日本の畜産や酪農はやっていけなくなる可能性もあります。

<6>投機マネーの流入による価格高騰=穀物が石油に代替されるものになり、売買で利ざやを稼ごうと投機マネーが入ってきて、価格の変動が激しくなっています。

<7>禁輸措置=食料輸出国で自国の食料が不足するかもしれないという不安心理が高まると、輸出を一時的に停止する国も出てきます。国際価格も上昇します。政府はまず自国民を食べさせることを優先させます。

<8>各国による食料争奪戦で日本が買い負ける=円安や購買力の問題もありますが、例えばブラジル産の大豆はどんどん中国に流れています。日本側がこの価格で買うと言っても、中国がそれを上回る価格で買ってしまいます。

<9>世界的な農地の減少=都市化や耕作放棄地のほか、環境破壊で土壌が劣化し砂漠化していくこともあり、農業生産力が落ちています。また単位面積当たりでたくさんとれるように改良した品種は水資源をたくさん使うため、水資源の枯渇につながっています。人間が食べる作物のうち、虫が花粉を媒介しないと実がならないものは3分の2くらいあります。農薬を使うことによって、ミツバチなどの昆虫が劇的に減少して生物多様性が失われています。こうした状態が続くと食料が作れなくなります。

-日本は遠くから食料を運んでいるので、そのエネルギーも気候に影響して負の連鎖になりますね

関根教授 気候変動に関する政府間パネルの報告書によると、温室効果ガスの3分の1が食料の生産や輸送、消費や廃棄にかかわって出ているといわれています。

-想像以上にコストがかかっていて、日々食べられることに、あぐらをかいていてはいけないようですね。食料自給率を上げるにはどうしたらいいでしょうか

関根教授 今まで食料は、海外から安く、いつでも入ってくるのが常識でしたが、それが今後10年、50年と続いていくとは言えません。その一端が見えたのが、コロナ禍やウクライナ危機だと思います。消費者としてできることは、国産を選ぶことです。自宅で調理したり、お米や米粉パンなどを食べたり。コロナ危機で、米国の政府は農家から農産物を買い上げて所得の低い人たちに配給し、農産物価格を下落させませんでした。日本も生産者と消費者を支えるために、何をしたらいいか考える必要があります。農業や畜産は大規模化で、多額の投資をしないとできない、リスクが高いビジネスになりました。小規模な家族経営が結局、環境問題や地域の活性化にとっても最適だということで、国連は持続可能な社会のカギになるとしています。国も方向転換を始めています。

子どもや孫の世代まで安心して暮らせる社会にしていくために、何をしていかなければならないか。今回をきっかけに、いろいろな問題に目を向けたいですね。9つの問題もみんな人為的なもの。我々が行動を変えることで解決できるので、希望はあると思います。【聞き手=久保勇人】

★もやし、鶏卵、バナナ…物価の優等生にもしのび寄る値上げ

値上げは、もやし、鶏卵、バナナなど、いつも安価で“物価の優等生”と呼ばれる庶民の味方にもしのび寄っています。工業組合もやし生産者協会によると、原料の中国産緑豆の価格は21年を100とすると、今年は5月時点で124%。過去40年の最高だった15年を超えて最高値で、95年ごろに比べると3倍になったそうです。作付面積の減少、人件費などの高騰、天候不順などが原因。一方で、95年時に比べて、小売価格は2割も下落。550以上あった生産者は、現在は8割減の110といいます。

同協会の林正二理事長が社長を務める旭物産(水戸市)では、数年前は緑豆を1トン20万円で買っていましたが、今年は30万円超に。栽培する部屋を温めたり、水の加温などの燃料費や電気代も高騰。企業努力も限界になり、2月には取引先に200グラム当たり2円程度の値上げを申し入れました。「2円は原料の高騰分だけですが、取引先がなんとかのんでくれそうだからです。燃料代などの値上げ分を加味すると4~5円上げなければ合いませんが、商談になりません」と林さん。今後も円安が続くなどすれば、再値上げをお願いせざるを得ないかもしれないそうです。林さんは「もやしは、なくてはならない食材。スーパーマーケットでは点数では一番売れています。なくしてはならない思いで作っていますが、厳しい。スーパーもお客さまも理解していただきたいです」と訴えています。

鶏卵の卸最大手、JA全農たまごは4月、出荷価格の引き上げを発表しました。世界的にトウモロコシ、大豆など穀物相場が高騰する中、鶏卵生産コストの大半を占める飼料価格も大幅な上昇が続いているためとしています。5月の消費者物価指数では前年同月比で1.4%上昇しています。

バナナは、消費者物価指数では3月からプラスになり、0.7~1.4%の上昇で推移しています。ほとんどが輸入で、年間約110万トン(21年)に上ります。うち約76%を占めるフィリピンの駐日大使が6月に会見し、スーパーなど日本の小売業界団体に同国産バナナの小売価格を適切に引き上げるよう申し入れたと発表しました。肥料、梱包、輸送などのコストが高騰する一方、日本での小売価格は7年間横ばいで、フェアでないと訴えました。

フィリピンでバナナの栽培や輸出の研究もしている愛知学院大の関根佳恵教授は、バナナが値上がりし、あまり食べられなくなる可能性はあるとし「資材、輸送、人件費などを小売価格に転嫁できないと、生産者も流通業者も経営難になり、供給量が少なくなります。日本が高く買わないとなれば、中国など人口の多い国や中東など所得の高い国に買い負けます。生産者が日本側と契約していても、2倍以上の価格で横流しを持ち掛けてくる中国のバイヤーが訪ねてくると現地で聞いたこともあります。バナナの病気による生産量減少や、異常気象で産地のミンダナオ島を台風が通過するようになり、収穫前に倒れたりもしています」と説明します。

さらに「日本の小売価格の上昇=生産者が受け取る金額の上昇ではありません。店舗や物流でもコストが上がっていますし、フィリピンでは輸出企業と固定価格で15年といった長期契約をかわしている生産者も多く、そうした生産者は今はほぼ利益が出ない状態といいます。小売価格が上がっても、生産者の契約価格が見直されるかどうか。農薬は食べる側だけでなく、現地の人にも呼吸器系や皮膚の病気などの問題が出ています。環境、労働、農薬などの問題にも気付いてもらえたらと思います」と強調しています。

もやしなどは、スーパーなど小売り側も客を呼ぶ商品として位置づけ、利益を低く抑えています。生産者は、1円でも安くという期待と、世界の急激な状況悪化の板挟みで苦しんでいます。

◆食料自給率◆

農林水産省は、食料自給率を「国内の食料全体の供給に対する、国内生産の割合を示す指標」としています。主に、熱量(生命と健康の維持に不可欠なエネルギー)で換算するカロリーベースと、金額で換算する生産額ベースがあります。輸入飼料を使って生産された国産の畜産物は自給率にカウントされていません。20年度ではカロリーベースで37%、生産額で67%。日本ではカロリーベースがよく使われています。先進国の自給率をみるとカナダ266%、米国132%、ドイツ86%、英国65%などで、日本は最低水準です。

日本の食料自給率は、1965年(昭40)には73%ありましたが、徐々に減少してきました。農水省は、食生活の変化で、米の消費が減り、小麦を使ったパンやパスタ、畜産物、油脂類など、多くを輸入に頼る食べ物の消費が増大したからだと説明しています。

仮にさまざまな事態によって食料が輸入できなくなった場合、イモ類など熱量効率の高い作物への生産転換によって、国内生産だけで1人1日当たり2020キロカロリーの供給が可能との試算があります。農水省がつくったメニュー例をみると、夕食は米が茶わん1杯、焼きイモ1本、焼き魚1切れ(84グラム)などイモ類が増加。味噌汁は2日に1杯、牛乳は6日にコップ1杯、食肉は9日に1食など、今の食事からみて寂しい内容になっています。

食料安全保障について、国は、食料自給率では30年度までにカロリーベースを45%、生産額ベースを75%に上げることを目標にしています。農水省は自給率向上のためには、消費と生産の両面で課題に取り組むことが必要と強調。6月には「食料の安定供給に関するリスク検証」を発表しました。担当者は「最近の急激な情勢変化を踏まえてリスクを洗い出し、どのような施策が必要か検討していきます」と話しています。

◆値上げラッシュ◆

先の参院選でも争点の1つになりましたが、物価の高騰は収まるどころか、さらに拍車がかかりそうです。総務省が発表した5月の全国消費者物価指数(20年を100)は、総合指数は前年同月比で2.5%、生鮮食品を除く指数も2.1%上昇し、伸び率は約7年ぶりの大きさとなった4月と同じでした。総合の582品目のうち、上昇したのは396で、4月の389からさらに加速。生鮮食品を除く食料は2.7%上昇し、伸び率は15年3月以来、7年2カ月ぶりの大きさとなりました。

例えば、唐揚げは食用油など原材料の高騰で前年同月比5.4%、レトルトカレーは11.4%上昇。15%上がったサケは、ノルウェーからの空輸でロシア上空を飛べず遠回りになり、輸送費が上がったそうです。

民間調査会社・帝国データバンクが、国内の主な食品・飲料会社105社を対象に行った価格改定計画の調査によると、今年は6月末までに累計1万5257品目で値上げが判明。7、8月だけで4000品目超が値上げされる予定です。さらに「値上げの勢いは秋口以降も止まる気配がみられない」と指摘。10月も単月としては年内最多となる3000品目超で値上げ計画が明らかになっています。各品目の価格改定率(各品目での最大値)は平均13%。夏~秋以降の値上げでは、年初時に比べて値上げ幅が拡大傾向にあり、理由は急激な円安による輸入コストの上昇や、原油高に伴う包装資材や物流費の高騰などが多いそうです。