「経営の神様」とも称された京セラ創業者で名誉会長の稲盛和夫(いなもり・かずお)さんが24日午前8時25分、老衰のため京都市内の自宅で死去した。90歳。稲盛さんは、J1京都サンガ(設立当初は京都パープルサンガ)のクラブ設立にも尽力した。
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サッカーの取材を通じてカリスマ経営者の喜怒哀楽に触れた。当時のホームスタジアムだった西京極の来賓席は、記者席のすぐ近くにあり、稲盛さんの叫び声がよく聞こえた。Jリーグ昇格初年度の96年は前半戦15試合全敗。試合後は顔を真っ赤にして関係者控室に乗り込み「何やってんだ」と怒りをぶちまけたこともあった。
選手への愛情は深かった。京都市内の自宅から、セルシオのハンドルを握って城陽市の練習場にふらっと顔を出すことも。「体調が悪くて会社を休んだんだけど、サンガのことが気になっちゃって…」。FW松井大輔を見つけ「変なドリブルはもうするな。ふんづまる前にボールを放せばいいんだ」と指摘。さすがに「座禅を組め」の助言に選手は戸惑っていたが、熱は伝わっていた。
03年元日、天皇杯決勝で常勝鹿島を破ってクラブ初タイトルを獲得。思いが結実した瞬間だった。満員の観衆で埋まった国立競技場を見渡し、稲盛さんは泣いていた。「うれしいねえ。田舎侍がよくやったよ」。京都のチームなのに、なぜ田舎侍? その時はピンと来なかったが、今思えば鹿児島生まれの稲盛さんは、自身の人生も重ね合わせていたのかもしれない。【元サッカー担当・西尾雅治】

