「東の羽生善治、西の村山聖」とまで称され、29歳で亡くなった天才棋士村山聖の生涯を描いたノンフィクション小説「聖(さとし)の青春」の作家大崎善生氏(65)が7日、都内で開かれた藤井聡太王位の就位式に出席した。

大崎氏はこの日、22年に咽頭がんを患い声帯を摘出したことを告白。妻で女流棋士の高橋和(47)氏が祝辞を代読した。

大崎氏のメッセージは「昨年のある日、突然声がしゃがれてしまいました。『まあいいや』と放っておいたら、やがて全く声が出なくなってしまいました。そんな状態で約半年ずっと声が出ません」と始まった。続けて「さすがにおかしいと思い、駆け込んだ近所の耳鼻科で大学病院に行くように指示され、1人で車を運転して向かいました」と打ち明けた。簡単な検査を受けた後に、午後には緊急手術を受けることになったという。「ドリルのようなもので喉元に大きな穴を開けられ、空気の通り道が作られるとともに声を失いました」。

突然始まった入院生活。医師からは「咽頭がんのステージ4」と告げられた。12時間の手術を行い、切開した首回りから96箇所の腫瘍を摘出。腸を切り、食道の代わりに移植するという大掛かりのものだった。大崎氏は「がんもとりきれず、転移もあるということなので(生存率は)30%くらいかな。と割と気楽に考えていました。崖っぷちという言葉ありますが、それを通り越して崖に腰掛けて足を投げ出し、ブラブラさせているような状態だったかと思います」と振り返った。

「部屋に来る看護師さんたちが代わる代わる結果を伝えてくれました」。話は昨年の夏ごろ、藤井の王位戦の話題に。自身の本を読んで感想まで伝えてくれる看護師らにも感謝し「大きな喜びでした。このまま消えていったとしも、彼女たちの記憶の中に物語は残るだろう」。その上で「完全に消え去るわけじゃない。この先、生きたとしても小説を書く気にはなれないし、きっとろくなものは残せない。ならば、このまま死んでいくのも悪くないかな」と諦めかけていた。しかし、前期の王位戦の結果に加え、史上初の8冠達成に向かう藤井の姿を「見届けられないものかな」と希望を抱いたという。

大崎氏は6カ月に及んだ入院生活を振り返り、藤井の活躍から「多くの希望や誇り、生きる喜びのようなものを与えられました。おかげさまでこうして生きております。1年は何とか生き延びました。次は2年目を目指すだけです。どうもありがとうございます」と感謝を伝え、改めて王位防衛を祝福した。