元日に発生し、最大震度7を観測した能登半島地震。2週間以上が経過しても、被災者たちは厳しい生活を強いられていた。それでも前を向いて進む人々の姿が-。石川県の被災地を歩いた沢田直人記者が、現地での取材を振り返ります。

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石川県では、七尾市や珠洲市、穴水町の避難所を取材した。元日の地震発生時の状況を聞いたり、避難所の現状を知ろうと努めた。

避難者や避難所に関わる職員、ボランティアの人の数だけそれぞれの悩みや不安があったように感じた。ここで、そのごく一部を挙げたい。

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「家が半壊して、取り壊すしかない。新しく建てるのにお金は使えない」。

「学校は子供の場所だからいつまでもいられない。ただ次の避難先が見つからないのが不安」。

「職場も被災して、いつ仕事に復帰できるかわからない。政府から支援金はあるのか。めどを知らせてほしい」。

「水が使えないので、手洗いができない。コロナ、ノロウイルス、インフルエンザなどの感染症が怖い」。

「他の避難者に迷惑がかかるので、毎日ペットと車中泊をしている」。

「若い人がやればいいと思っているのか、ゴミの分別とか避難所のルールに全く応じない年配の方がいる」。

「郊外の避難所だから支援が遅かった。発生から1週間は校舎裏の地面を掘ってトイレがわりにしていた」。

「辛いものや固形物が食べられないので、ご飯を抜いた日があった」。

「余震がずっと怖い。恐怖からか、耳が聞こえにくくなった」。

「学校の再開に向けて、避難場所のゾーンを分けることが進んでいない」。

「避難所で働きっぱなしの職員がいて、ろくに寝られてない人がいる」。

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七尾市の小学校の避難所には10人ほどの子どもたちがいた。和気あいあいとカレーを食べていた児童らにも話を聞いた。その中の1人は困っていることについて「水だけ。他はない!」と力強く答えてくれた。市の担当者から事前に、物資は潤沢に行き届いている避難所だと聞いていたので、子どもたちが困っていないという状況は良い傾向なのではと勝手に感じた。

話を聞いていく中で、別の子どもたちが「ドッジボールができないこと」に不満があると教えてくれた。私は避難所でもドッジボールがしたいのか、かわいらしいなと思い相づちを打っていた。感謝を伝えて取材を切り上げようとしたが、「水はいつ通るのか」「お年寄りがいる体育館でドッジボールはできないよな」などと議論が続いていた。

すると1人の中学生が「ねぇ記者さんに言ってもしょうがないでしょ」と口にした。盛り上がる男子児童たちをたしなめるように言っていたが、真意は私に向けられていたと思う。淡々とデリケートなことを聞いて帰るだけの無機質な取材だと感じさせてしまったのかもしれない。また、力になれないことが率直に申し訳ないと思った。ただ、子どもたちや被災された方にとって、当たり前の日常が1日でも早く戻るよう願って、預かった声を届けたい。【沢田直人】

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