安倍晋三元首相の妻、安倍昭恵さんは、3日夜に放送されたNHKスペシャル「総理の妻たち “権力”の目撃者」のインタビューで、当初ファーストレディーとしての自身の振る舞いに不安があったと振り返った上で「頑張って総理夫人を演じなくてはいけない、というような思いはあったかもしれない」と語った。
番組では「今も取材が可能な配偶者全員に接触し、このうち6人が赤裸々に胸の内を語った」とナレーションで説明。昭恵さんのテレビメディアの単独インタビューは、安倍氏の首相退陣後、初めてとした。
安倍氏が2006年、戦後最年少の52歳で第1次政権の首相に就任した当時、自身は44歳でファーストレディーに。「自分が社会からどう見られているか、不安がつきまとう毎日だったといいます」のナレーションに続き、昭恵さんは「(自分で依頼した)スタイリストさんについてもらって、洋服やアクセサリーを借りてきてもらったり、総理夫人としてどういうシチュエーションでどういうものを着たらいいのかというのを、全部まず写真に。このシーンではこれを着るみたいなのを撮って、その通りにしていました」と振り返った。
その心境を「日本を代表する総理の足を引っ張ってはいけないとか、そういう思いはあったので、頑張って総理夫人を演じなくてはいけないというような思いはあったかもしれません」と口にした
持病の悪化もあり、夫が1年で第1次政権を退いた際についても語り「すぐに公邸を引っ越さないといけないというのと、主人の病院の行き来。自分で車を運転しながら行き来する中で、本当に笑っている人を見てよく泣いていた。精神的にやっぱり、かなり病んでしまっていたのかもしれない。今思い返すとですね」と語った。「しっかりしなきゃと思ってやってはいましたが、何でこの人は笑っているのか、私はこんなに苦しいのに、みたいな、ねたましいというか、初めて感情的に持つようになっていた」とも述べた。
一方、第2次政権では「自らの興味や関心を大切にするようになった」とナレーションで説明された。昭恵さんは「50歳からは違う人生を歩もうと思っていた」とし、米づくりにいそしんだり、安倍政権と必ずしも考えが一致しない人とも自発的に接点を持ったことが紹介された。
その理由について、昭恵さんは「総理大臣というのは全国民の総理大臣。いろんな人の意見を聞いてもらいたいと。私が主人の耳に届かないような意見を吸い上げることができたらという思いは、どこかであったんだろうと思います」と語った。
また「これで、私が子どもがいたら、もしかしたらちょっと違ったのかなと思うが、割と私の周りの実家の家族とかも何も言わないし、安倍の母もあんまり言わなかったので。まして主人は何も言わない。自由にやらせてもらえたのは、ありがたいなあと思っている」とも口にした。

