第91代内閣総理大臣を務め、小泉純一郎内閣の官房長官としても存在感をみせた福田康夫(ふくだ・やすお)さんが22日、亡くなった。90歳。26日、自民党が発表した。葬儀は近親者のみで行われ、後日、本葬が営まれる。喪主は、長男の自民党衆院議員、達夫(たつお)さん。父は福田赳夫元首相で、憲政史上初めて親子二代で首相を務めた。
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福田氏は1936年(昭11)7月16日、赳夫氏の長男として生まれた。群馬県出身。早大政経学部卒業後、丸善石油(現コスモ石油)へ。外国部輸入課長だった76年、父の首相就任に伴い首相秘書官となった。90年衆院選で初当選。外務政務次官(現・政務官)や自民党外交部会長なども務め、諸外国と独自のパイプを築いた。小泉政権時代、田中真紀子外相と官僚が対立した際は、外務官僚の「駆け込み寺」といわれたというエピソードもある。
2000年10月、森喜朗内閣の官房長官に、閣僚経験もない当時当選4回で就任した。小泉政権で再任され、04年5月まで務めた。04年4月に当時の官房長官在任記録の歴代1位を更新し、最終的な在任期間は1289日だった。
2007年9月、第1次政権の安倍晋三氏の辞任表明を受けて行われた自民党総裁選で、麻生太郎氏をやぶって第22代自民党総裁となり、第91代首相に就任した。
在任中には「ねじれ国会」のもと、テロ対策特別措置法を衆院の3分の2以上による再可決で成立させたほか、公文書管理法の制定にも貢献。08年にはホスト国として北海道・洞爺湖サミットに臨み、温室効果ガスの削減目標などで首脳間合意を主導した。
官房長官時代からクールな対応で知られ、相手を突き放すような口調や笑顔を見せないなどの印象をもたれる反面、ウィットに富んだユニークな発言も多かった。しかし、08年9月1日夜に緊急会見し、直後に控えていた臨時国会召集を前に「重要案件を審議する。この際、新しい体制のもとで臨むべき」として、辞任を電撃表明。この会見で番記者から「今回の会見を聞いていても、首相の発言は人ごとにしか聞こえない」と質問されたのに対し、「私は自分自身を客観的に見られるんです。あなたとは違うんです」と、やや語気を荒らげて返答し、大きな話題となった。首相在職日数は365日。
2012年衆院選に出馬せず、衆院議員を引退。当選7回。政治家として晩年まで、中国との関係改善に尽力した。

