日曜深夜、テレビの前でステイフーリッシュ(牡7、矢作)に声援を送った日本のファンは「これ、本番(凱旋門賞)が楽しみになったんじゃないの?」と思ったのではないだろうか。直線でボタニクに差されてしまったものの、1馬身4分の1差2着。大きく失速したわけではなく、最後まで差し返そうと馬がファイトしているように見えた。陣営としては確かに勝ちたいレースではあったかもしれないが、いろいろな意味で凱旋門賞(G1、芝2400メートル、10月2日=パリロンシャン)へ向け、最高のステップになったと言えるのでは…。

レースは5頭立ての大外5番枠からハナを奪い、序盤からステイフーリッシュが隊列を先導する形になった。無理せず自分のペースで走り、最後も自然とペースアップ。欧州、特にフランスにありがちな少頭数の競馬にも見えるが、ただの「スロー逃げ」ではなかった。馬場状態が良かったこともあるが、ボタニクの勝ちタイム2分36秒23はレースレコード(おそらくコースレコードも同じ)を2秒近く更新するものだったからだ。ステイフーリッシュは初めて走るフランスの競馬場で、ひそかに驚きの展開をつくっていたことになる。

勝ったボタニク(セン馬のため凱旋門賞の出走資格はなし)は2歳時にG1クリテリウムドサンクルーで2着に入っている実力馬。そして、今回出走5頭の中でステイフーリッシュは唯一、他馬より1キロ重い60キロを背負っていた。今年2月のサウジアラビア(レッドシーターフH)でも60キロを背負ったことはあったが、フランスの競馬で60キロを背負い、2500メートルを最後まで走り抜いたこと、レコード決着を演出する逃げを打ったことは、凱旋門賞本番(古馬牡馬は59・5キロ)へ向けて大きな自信になったはずだ。

レーシングポスト電子版は「ボタニクに敗れてしまったが、日本のステイフーリッシュ陣営は凱旋門賞への意欲は薄れていない」と見出しを打っている。記事では、矢作厩舎の荒木助手のコメントとともに、ブックメーカー「コーラル」の単勝前売りオッズが34倍のまま、変動がなかったことが伝えられている。中東2戦のインパクトが強かっただけに、欧州の関係者もステイフーリッシュの走りに注目していた人は多かったはず。5頭立てのG2に敗れたことで、拍子抜けも少なからずあったのでは…。オッズを変動させなかったブックメーカーがある一方で、「パディーパワー」はレース後、34倍から67倍へ、ステイフーリッシュの評価を下げている。結果的には本番へ向け、前哨戦で評価を上げられなかったことになる。ただ、これもプラスに受け止めていいのではないか。逃げ先行脚質の馬にとって、他陣営からのマークが薄くなる方が戦いやすいのは間違いない。

そもそも、ドーヴィル大賞を使った馬は凱旋門賞の勝利に手が届くのか。近年の結果を見てみると、ちょうど10年前、オルフェーヴルがゴール寸前でソレミアに差された12年の凱旋門賞3着馬マスターストロークはドーヴィル大賞1着をステップにしていた。

13年ペンライパビリオンはドーヴィル大賞2着からサンクルーのリステッドをたたき(1着)、凱旋門賞でトレヴ、オルフェーヴル、アンテロ、キズナに次ぐ5着だった。15年シルジャンズサガはドーヴィル大賞1着から凱旋門賞でゴールデンホーンの8着。16年サヴォワヴィーヴルはドーヴィル大賞1着から凱旋門賞でファウンドの8着。18年サルウィンはドーヴィル大賞3着から凱旋門賞でエネイブルの6着。19年ソフトライトはドーヴィル大賞2着から凱旋門賞は武豊騎手とのコンビでヴァルトガイストの6着だった。善戦止まりだが、差のない競馬ができていることは確かだ。

凱旋門賞ではないが、近年の欧州中距離路線で最強のせん馬の1頭、シリュスデゼーグルは11年にドーヴィル大賞を勝った後、凱旋門賞前日のG2ドラール賞2着から英チャンピオンSを制覇。13年にもドーヴィル大賞5着からG3メゾンラフィットC、G2ドラール賞を連勝し、英チャンピオンSで2着という結果を残している。

ステイフーリッシュのドーヴィル大賞は日本からの遠征初戦で、初めてのフランス競馬、2カ月ぶりの実戦で、ただ1頭60キロを背負い、自らペースをつくってレコード決着を演出する2着だった。凱旋門賞本番で好走、それ以上の結果をおさめる、そんな手応えをつかめたのではないだろうか。