9月12日にJRAの新理事長に就任した吉田正義氏(64)のインタビューを5、6日の2回にわたってお届けする。3代続けてJRA生え抜きの理事長。少子高齢化、人口減少期に入った日本において、人材確保や新規ファン開拓の重要性、UMACAの今後の可能性などを聞いた。世界の中で存在感を強める日本競馬のさらなる魅力向上へ、力強い言葉が多く出た。【取材・構成=松田直樹、高木一成】
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-土川健之元理事長、後藤正幸前理事長に続き、3代続けて生え抜きのJRA理事長となりました
吉田理事長 獣医師でもある土川さんのときは売り上げが下がっている時代でもあり、07年に経営委員会設立という、大きな意味での特殊法人改革があった時代でした。後藤さんのときは売り上げが回復期でもあり、海外馬券の発売や国際化が進みました。国際化の先頭を走ってこられたのが後藤さん。今でも国際競馬統括機関連盟(IFHA)、アジア競馬連盟(ARF)の両方の副会長をやっています。世界の中でも一流の競馬人だと思います。
理事長は、その時々の状況に応じての農林水産大臣任命だと思っています。先日のJRA創立記念式典で申し上げたのは、これからの時代は少子高齢化、人口減少局面にさらに入っていくだろう、ということでした。いろいろな統計によると、50年後には日本の人口が8700万人くらいになってしまうとか。その中で競馬産業自体をどう維持していくかを、意識していかないといけないと考えています。生産者、厩舎関係者を含めた人員確保、維持を図っていかないと産業自体が廃れてしまいますから。
-どの産業も労働力確保は大きなテーマとなっています
吉田理事長 例えばインド人の方が牧場、ホッカイドウ競馬で働いたりしています。外国人受け入れ策をJRAもやるのかどうか、大きな課題だと思います。言葉の壁とか、文化的なものも、よっぽどうまくやっていかないと難しいと思っています。就労ビザなどの問題もあります。
ただ、まだまだ日本人の労働人口の中でもさらなる活躍が期待できるのではないか、と考えるのが女性層です。海外に行くと、女性のライダーが非常に多い。女性層の就労環境を整えてこの世界に入ってもらう。そういったことから始めた上で、海外の方をどうしようか考えるべきではないでしょうか。日本人の若い方にも競馬になじんでいただいて、いろいろ育てていくことも必要だと思います。厩舎関係者の直接の雇用者ではないJRAとしては隔靴掻痒(そうよう)的なものがありますが、競馬産業を挙げて、就職というものを考えていかないといけません。コーディネーター的な役目をJRAがやらねばなりません。
-競馬の認知度を上げることがまずは重要
吉田理事長 現在、馬券購入が可能な20歳以上の人口が1億人ほどです。その中の6%ほどの方が現在、馬券を買ってくださっている。競馬になじみのない方、接点のない方との接点を創出していくとか、どうにかその6%を増やしていく努力をしていくことが大切なんじゃないかなと思っています。
-最近は競馬場内の来場者を見ていると若い男女のファンが増えているように見受けられます
吉田理事長 スポーツとして競馬を見て、感動していただくことはすごく大切だと思います。私どもの調査でも、若い方の来場者が増えています。20代の来場者割合は19年が4・7%ほどでした。昨秋の調査では12%です。7ポイント以上も増えているのは、相当なことだと思っています。若い方にスポーツ観戦感覚でお越しになっていただいて、特段馬券を買わなくてもお楽しみいただくことが、将来にもつながると思っています。「ネットで売れているからいいだろう」とよく言われますが、やはり競馬場での観戦が原点だと考えています。
-先を見据えるのであれば、来場者増に向けた場内サービスの充実、新たな施策も必要になるのでは
吉田理事長 技術革新の中でジョッキーカメラ、トラッキングシステムなどへの投資も行っていく中で、競馬場では通信環境整備を一番の命題としてやっていかないといけません。ネット投票にも影響してしまいますからね。
新装された京都競馬場をご覧になっていただくとわかりますが、UMACAの普及により業務エリアが縮小されました。簡単に言うと、投票所を設置するスペースが少なくなりました。その分お客さまのエリアが広く取れて、快適に過ごしていただくひとつの要素にもなりました。従業員の数が減っても耐えられるように、業務のスマート化を図ることもできています。環境負荷の問題と今後の人口減、お客さまへの快適な空間の提供と、この3つへの対応ができたので、大変いい施策だと思っています。
-UMACAの普及率は現状、全体の10%ほどと聞きます。先日、来月11日より新サービス「UMACAスマート」の開始も発表されました。UMACAの今後の可能性をお聞かせください
吉田理事長 競馬場にお客さまが来るきっかけにしたいと思います。昔、フランスは競馬場の場内・場外で払い戻し率が違いました。払戻金を変えるのは法律を変える必要があるので、ポイントの面でなにか競馬場に来ていただく施策をとれないかな、と。ポイントの上乗せがあれば、来場されるお客さまもネット投票ではなくUMACAで馬券を買っていただけるでしょうし、通信環境の負荷もゆくゆくは減らすことができます。現金以外の決済方法との紐帯(ちゅうたい)関係がないので、そこを今後どううまくできるかというのがありますが、そのようなサービス面を充実させたいという願望はあります。
(つづく)
◆UMACAスマート 11月11日より始まる新サービス。入出金、投票が可能なキャッシュレスICカード「UMACA」に残高があれば、UMACA投票機を利用せずスマートフォンで馬券が購入可能となる。
■根っからの競馬好き
根っからの競馬好きが理事長になった。かつて使用していたメールアドレスにはシービークロス、ミスターシービーの名前が入るほど。父は群馬県の農家出身。馬を飼っていたこともあり、物理的に距離も近かった。「子どものときから父親がテレビでよく競馬を見ていたんですよね」。馬券ではなく、競走馬のファン。中学時代はタケホープ、ハイセイコーを映像で追った。
早大在学中も縁が続いた。アルバイト先の米屋の先輩に競馬のイロハを教わり、渡された競馬四季報をくまなく読み込む日々。競馬が好き-。そんな思いを抱いて、JRAの門をたたいた。
入会当初は会計畑を歩んだが、週末の競馬場勤務が楽しかった。93年ダービー。「ウイニングチケットのレースのラップは私が採ったんですよ。公式ラップはひとつだけですから。競馬好きでJRAに入って、よもやダービーの、しかもウイニングチケット、柴田政人。感動しました」。当時、1000メートル通過時計は1分ちょうど。切りのいい数字だからではなく、大切な思い出だからよく覚えている。第16代JRA理事長。競馬の話をすると、重責から離れたとびきりの笑顔が出た。
◆吉田正義(よしだ・まさよし)1958年(昭33)11月17日、群馬県生まれ。高崎高校、早大第1文学部卒業後、83年に日本中央競馬会に入会。総合企画部経営企画室長、中京競馬場長、競走部長などを歴任。16年に理事に就任。21年から常務理事、今年3月1日から副理事長を務めていた。