このために帰ってきた。レジェンド武豊騎手(54)が有馬記念(G1、2500メートル、24日=中山)で、昨年のダービー馬ドウデュース(牡4、友道)と人馬ともに復活Vを狙う。10月29日に右太ももの筋挫傷を負い、先週16日に実戦復帰。医師も驚くほどの重傷でも「最強のパートナー」とのグランプリをリハビリのモチベーションにしてきた。“千両役者”が、準備万全で大一番に臨む。
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ベッドに横たわり、痛みにゆがむ顔をテレビへと向けた。画面に映っていたのは天皇賞・秋に挑むドウデュース。その馬上には自分がいるはずだった。10月29日午後3時40分、東京競馬場。武豊騎手はターフでなく調整ルームにいた。窓越しからも歓声が聞こえた。アイシングが施された右太ももは、青黒く膨れあがるばかりだった。
「もし(蹴られたのが)膝だったら普通の生活もできなかった。数センチ下だったらと思うとゾッとする」
およそ3時間前の5R直後に、下馬したばかりの騎乗馬に蹴られた。腫れは足先にまで及び、医師にも「こんなの見たことがない」「よく(骨が)折れなかったですね」と驚かれたという。当初はジャパンCへ間に合う見通しだったが、患部が硬くなって膝を曲げられないまま。内出血は1カ月以上も消えず、たまった血を3回も抜いた。ようやく調教騎乗を再開できたのは今月8日。違和感の残る右足に手をやりながら、熱き胸の内を明かした。
「ドウデュースがいなかったら今日トレセンで乗ってないと思う。(復帰は)来年だったかも。やっぱりリハビリの力の入れようも違う。やれることはやってきた。自分にとって現役で最強のパートナーなので」
そんな相棒ももがいていた。3月のドバイターフを左前肢ハ行で出走取り消し。戸崎騎手に手綱を託した天皇賞・秋(7着)とジャパンC(4着)ではイクイノックスに連敗した。ただ、主戦騎手の目には明らかな上昇曲線が見えていた。自らまたがった13日の1週前追い切りではCウッドでラスト1ハロン11秒0の伸びを実感。確信した。
「反応も相変わらず抜群にいい。ジャパンCではもっと伸びてもよさそうだった。(G1・2勝の)朝日杯FSもダービーも3走目。この馬は使って良くなる。すごい瞬発力を持っている馬。本来の力を出せれば」
自身も先週に48日ぶりの実戦復帰を果たした。朝日杯FSでは2着と存在感を示した。人馬とも上り調子で有馬記念を迎える。
「国民行事の1つで、毎年楽しみ。しかもドウデュースと出られる。イクイノックスは強烈だったけど、それをダービーで負かしたのは価値がある。ドウデュースも頑張らなあかん」
帰ってきたレジェンドとダービー馬が年末の夢舞台に立つ。幾多のドラマが演じられてきたグランプリ。復活劇の主役を張る準備はできている。【太田尚樹】
◆有馬記念の最年長優勝騎手 86年ダイナガリバーで勝った増沢末夫の49歳2カ月2日が歴代1位。今年、武豊が勝てば54歳9カ月10日となり記録を塗り替える。なお同騎手が17年にキタサンブラックで制した時の48歳9カ月10日は歴代2位。
<武豊騎手の復帰経緯>
◆10月29日 東京5Rの新馬戦終了後、検量室前に戻って下馬した後に騎乗馬に蹴られて、うずくまる。診断は、右太ももの筋挫傷。同11R天皇賞・秋は戸崎騎手へ乗り替わりに。
◆11月20日 自身の公式サイトで、想像以上に治癒のペースが遅く、ジャパンC(11月26日)でコンビを組む予定だったドウデュースの騎乗を見送ることを発表した。
◆12月8日 栗東トレセンで調教騎乗を再開。
◆13日 ドウデュースの1週前追い切りに騎乗し「反応も相変わらず抜群にいい」と好感触。
◆16日 中山11RターコイズSで実戦復帰。4番人気ソーダズリングで4着に入り「やっぱり馬の上がいいね」。
◆17日 朝日杯FSでG1騎乗。4番人気エコロヴァルツで2着。大外から追い込み健在ぶりを示す。
■抽選会出られず「見せ場が…」
武豊騎手の“心残り”は21日の公開枠順抽選だ。過去10年で4回も1枠を引き当てるなど、内枠有利のグランプリで勝負強さを発揮してきた。今年は当日に名古屋競馬場で名古屋グランプリに騎乗するため出席できない。「行けないからね。得意の抽選会なのに。俺の見せ場が…」と苦笑いしていた。