「二刀流の鉄人」がグランプリを語る-。
今年の総決算「第68回有馬記念」(G1、芝2500メートル、24日=中山)の枠順が21日、確定した。JRA史上初の平地・障害双方G1制覇や歴代最多の障害257勝などを達成し、11月に引退した熊沢重文元騎手(55)が、グランプリを展望した。自身は91年にダイユウサクで単勝1万3790円の大波乱を演出。当時を振り返るとともに、今年の注目馬にはシャフリヤール(牡5、藤原英)、スルーセブンシーズ(牝5、尾関)を挙げた。【取材・構成=網孝広】
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ツインターボの大逃げにわいた91年有馬記念。武豊メジロマックイーンの直後で、熊沢騎手とダイユウサクは機をうかがっていた。
熊沢氏 マックイーンを特別、意識していたわけではないんです。距離に少し不安はあったけど、とても乗りやすい馬だったので、僕がうまく乗れば大丈夫だろうと思って乗っていた。
直線で内に進路を取り、上がり最速の末脚で先行馬をかわす。外からもう1度伸びてきたマックイーンを、1馬身と1/4差抑えてゴールした瞬間、鞍上は右手を大きく上げた。
熊沢氏 直線はしっかり伸びてくれた。先頭に立って、ゴール直前で勝ちを確信した。セーフティーリードで余裕があった。勝てて本当にうれしかったです。僕はまだ大きなレースを勝ってない時期でしたから。馬の調子には自信を持っていた。すごい脚を使ってくれましたね。
舞台は急坂を2度上る中山芝2500メートル。タフなコースゆえ長距離適性が重要だ。今年も好メンバーが集う有馬で、熊沢氏が気になるのはシャフリヤールだ。
熊沢氏 中山の2500メートルは操作性の良さがすごく大事。手前をしっかり替えられる器用さも必要。心肺機能も不可欠。そして、馬とジョッキーの信頼関係が大切。ダービー馬には、僕らジョッキーは一目置く。シャフリヤールの競馬はすごく中山に合うと思う。
中山は初出走。どのあたりに適性を感じるのか。
熊沢氏 つけたい位置につけられる器用さ。折り合いも心配なさそう。(21年)ダービーでエフフォーリアに鼻差競り勝った。あそこをしのぐ気持ちの強さがある。あの時はペースも速くなく、じっと我慢する展開。作戦なのか、たまたまか僕には分からないけど、ああいう形になっても対応して脚をためた。体力があるので急坂も克服できる。
もう1頭、気になるのはスルーセブンシーズ。宝塚記念はイクイノックスの2着。初コンビの池添騎手に導かれ、最強馬に迫った。
熊沢氏 勝ちに等しい競馬。すごい脚を使った。イクイノックスに首差だから、僕が乗り役なら相当、自信を持っていけるでしょうね。中山に強いのもプラス材料。(池添)謙一は(有馬記念を)4回勝っている。ドリームジャーニーの子で5回目を勝てばドラマチックですね。父の父はステイゴールド。僕に縁のある血統なので頑張ってほしい。ステイゴールドの子は決め手のある馬が多い。それは強み。有馬記念に出てくる馬は相当強い。そのレースに勝つのはすごく名誉なこと。今年も楽しみにしています。ドウデュースは(武)豊が乗る。それも楽しみです。
◆91年有馬記念VTR 前走で芝1600メートルの阪神競馬場新装記念(オープン)を制してから中1週で臨んでいたダイユウサクは、ブービー14番人気。レースは後方で運び、直線で内に進路を取ると一気に末脚を伸ばして先頭へ。最後は単勝1・7倍の1番人気メジロマックイーンを1馬身1/4差で振り切った。殊勲の熊沢騎手は右手で大きくガッツポーズ。単勝払戻金1万3790円は、現在もレース史上最高記録。
◆熊沢重文(くまざわ・しげふみ)1968年(昭43)1月25日、愛知県出身。86年に内藤繁春厩舎所属でデビュー。88年にコスモドリームでオークスを制して重賞初勝利。91年にダイユウサクで有馬記念V。12年にマーベラスカイザーで中山大障害を制覇。99、00、02、04年に最多勝利障害騎手を受賞。今年10月30日に引退を発表。JRA通算1051勝、重賞33勝、G1・4勝(いずれも障害含む)。障害257勝は歴代最多。153センチ、53キロ。
◆熊沢騎手とステイゴールド デビュー3戦目からコンビを組み、通算50戦のうち33戦の手綱をとった。コンビでの重賞勝利はなかったが、G1では98年天皇賞・春、宝塚記念、99年天皇賞・秋と3度の2着。コンビでの有馬記念は98年3着(11番人気)、99年10着。
■熊沢元騎手JRA理事特別表彰 不屈の闘志評価
熊沢元騎手は21日、都内ホテルで行われた有馬記念フェスティバル第2部レセプションパーティーでJRA理事長特別表彰された。勝利数は障害257勝、平地794勝とJRA通算1000勝を超えた実績に、何度もけがを乗り越えて全力騎乗を重ねた不屈の姿が評価された。熊沢元騎手は「こんな賞をもらっていいのかと…。先生やスタッフの皆さんにかわいがってもらえました。ありがたいです。それが僕の宝です」と感謝した。

