フランスでおごっていただいたガレットの味は今でも覚えている。

ただ、やはり藤岡佑介騎手(39)といえば、あの日のことが忘れられない。

24年4月13日、阪神競馬場。落馬事故によって弟の康太さんを3日前に亡くしたばかりだったが、この日のレースへの騎乗を予定していた。

どんな思いで臨むのか?

いや、その前に、それを聞いていいのか?

なぜ僕だったのか、その記憶はあいまいだが、JRAの広報を通じて、3つの選択肢を提案することになった。

(1)この日はノーコメント

(2)広報を通じてコメントを発表

(3)囲み取材で答える

もちろん、その心情を思えば(1)でもやむを得なかった。

だが、佑介騎手は1Rの騎乗を終えた後、報道陣の前に立った。康太さんを亡くしてから初めての取材対応となった。

そんな中で、ファンへ向けてのメッセージが心に残った。

「ファンの方もなかなかすぐにとはいかないかもしれないですけど、今までできていたこと、楽しめていたことが、そうじゃなくなってしまうのは康太の望むところではないと思うので、変わらず応援していただけたらなと思います」

競馬場には半旗が掲げられ、献花台や記帳台も設置されていた。遺族や関係者はもちろんのこと、ファンも悲しみにくれていた。

それでも競馬を楽しんでほしい-。

自ら口を開いて気丈に語った言葉は、たくさんの人々の胸に響いたはずだ。

悲痛な状況の中でも、周りへの気配りを忘れない。そんな人となりがよく表れたできごとだったと思う。

今日の引退式で佑介騎手は誓った。

「本当に楽しくジョッキーという仕事を続けてこられたので、しっかりと気持ちを切り替えて、また明日からは調教師として皆さんに応援していただけるような競走馬、それからジョッキーを育てられるようなチームをしっかりとつくり上げていきたいと思います」

きっと彼なら、ファンを楽しませてくれる調教師になるはずだ。【中央競馬担当=太田尚樹】