東京オリンピック自転車男子ロードレースの激坂コースを、開催からほぼ1年となる7月中旬に駆け抜けた。


本来であれば7月16日に開催されたVCR横浜あおば主催のブルベ「BRM716あおばスーパー200km五輪コース」を走る予定だったが、天気予報はあいにくの雨。登坂はいいがダウンヒルがかっ飛びできず、上りで失った時間を下りで取り戻すのは難しくなる。雨の道志みちで連続してパンクした苦い過去もある。そもそも丸1日雨だと楽しくない。走った後のメンテナンスも面倒だ、など「走りたくない」理由はいくらでもある。


ということで無念のDNS(Do Not Start)とした。だが、コース自体は面白くぜひとも走ってみたい。そこで晴れ予報となった2日後に「勝手にブルベ」で走る事にした。チェックポイントは全てコース上に設置された五輪モニュメントや銘板。レガシーを巡る旅でもあった。


実際の五輪コースは当初、皇居外苑をスタート&ゴールとする都内のコースが予定されていたが、富士山を背景にするなど日本特有の景観が含まれるワンウエーに変更された。調布市の武蔵野の森公園をスタート。尾根幹、道志みちなど関東のサイクリストにはお馴染みのルートを走り、山中湖を経て富士山麓を周回し、明神峠、三国峠の激坂を越えて富士スピードウェイへとフィニッシュする約244キロ(パレード走行10キロ、獲得標高約4500メートル)のコースとなった。女子は富士山麓と明神峠、三国峠がない約147キロで、獲得標高は約2700メートル。


ちなみに64年東京五輪の個人ロードレースのコースは多摩御陵入口付近(現在の陵南公園)発着で、八王子市内の25キロの周回コースを8周した。のちにツール・ド・フランスを5連覇するエディ・メルクス(ベルギー)らが参加。金メダルはマリオ・ツァニン(イタリア)が獲得した。


八王子・陵南公園にある64年東京五輪自転車競技の記念碑
八王子・陵南公園にある64年東京五輪自転車競技の記念碑

男女のロードレース当日はネットのライブ中継かじりついた。自分が何度も走っている風景の中を、1週間前までツール・ド・フランスに出場していたトップ選手たちが走る姿に感動し、そのグランツールを2連覇したタデイ・ポガチャル(23=スロベニア、今年は残念ながら総合2位で3連覇ならず。五輪は銅メダル)があのきつい明神峠をサングラスのずれを直しながら平然と上っているのを見て驚いた。変化のない周回コースではこのワクワク感は味わえなかっただろう。変更して大正解だった。


上が五輪ロードレース男子のコース。下が今回走ったコース
上が五輪ロードレース男子のコース。下が今回走ったコース

さて、我々一般サイクリストが走る今回のブルベは五輪のオフィシャルスタートだった10キロ地点の是政橋近くの公園をスタート。山中湖まではほぼ同じコースを走り、富士山麓の周回はなく、富士スピードウェイをかすめた後、明神峠、三国峠を上り、道志みちを帰ってくるという200キロのコース。獲得標高は約3100メートルで難易度でいうと「スーパー」。つまり、きついのだ。制限時間は13時間半。峠で果てしなく時間を使うことが分かっていたので、サドルバックにあんパンなどの補給食を入れ、時間節約のため店に座っての食事はしないことにした。コンビニストップもやめ、水分は自販機で手に入れる事として臨んだ。


午前6時前に公園をスタート。するとすぐに南多摩尾根幹線道路(通称オネカン)沿いの稲城中央公園にいる「オネカン戦士稲城ペダリオン」に出会う。稲城市が五輪ロードレースとなったサイクルレガシーモニュメントとして21年11月に設置され、翌年3月に412件の応募の中から組み合わせて命名された。背中の羽根はブレーキブラケットがモチーフだという。


スタート地点の稲城・大丸公園
スタート地点の稲城・大丸公園
都筑中央公園にある五輪自転車競技レガシーモニュメント「オネカン戦士稲城ペダリオン」
都筑中央公園にある五輪自転車競技レガシーモニュメント「オネカン戦士稲城ペダリオン」

その後はライブ中継で強烈な印象を残した多摩ニュータウンのラーメン通りを抜け、相模川へと向かい、車がすれ違えないほど狭い小倉橋で相模川を渡る。ここに五輪前後には対岸に巨大なピクトグラムが描かれた横断幕が掲出されていた(詳細はこちら)。この日はもちろん外されていたが、実は五輪から1年となる7月25日に新たな横断幕が相模原市によって再掲出された。


上は五輪時に掲出されていた巨大ピクトグラムの横断幕。下は今年7月25日に設置された横断幕
上は五輪時に掲出されていた巨大ピクトグラムの横断幕。下は今年7月25日に設置された横断幕

「オリンピックレガシーの継承やサイクルツーリズムの推進を目的」(同市プレスリリース)とし、デザインは一新され、「Welcome to SAGAMIHARA」の文字と自転車のイラストが爽やかな青基調の横断幕の中に描かれた。しまなみ海道のように「サイクリストの聖地」という文字はないが、やはりここも「聖地」と言ってもいいのではないか。


ちなみに相模原市には、国道413号沿いの二本松公園(緑区二本松)、県道510号沿いの久保沢南公園(緑区久保沢)小倉橋(緑区小倉)、国道412号近くの串川小学校(緑区長竹)、道志みち(国道413号)沿いの串川地域センター、津久井クリーンセンター(ともに緑区青山)、青野原グラウンド(緑区青野原)青根出張所(緑区青根)の8個所に自転車競技の銘板が設置されている。


相模原市内の五輪銘板。上から二本松公園、久保沢南公園、小倉橋、串川小学校(8月撮影。串川小学校のみコース右手)
相模原市内の五輪銘板。上から二本松公園、久保沢南公園、小倉橋、串川小学校(8月撮影。串川小学校のみコース右手)
相模原市内の五輪銘板。上から串川地域センター、津久井クリーンセンター、青野原グラウンド、青根出張所(8月撮影。串川地域センター、青野原グラウンド、青根出張所はコース右手)
相模原市内の五輪銘板。上から串川地域センター、津久井クリーンセンター、青野原グラウンド、青根出張所(8月撮影。串川地域センター、青野原グラウンド、青根出張所はコース右手)

道志川の渓谷美を楽しみながら道志みちを緩やかに上り、神奈川県側の最高標高451メートル地点を過ぎると、道は山梨との県境である両国橋へと下り始める。山中湖までは長い長い上りが続くが、ほっとひと息つける区間だ。ただ、道志川へ向かって勾配9%を下る快感のダウンヒル直後には強烈な上り返しが待っており、ここから山伏峠までの道志七里が始まる。その上りの途中の左ヘアピンカーブにも五輪銘板が設置されていた。


山梨・道志七里起点にある五輪銘板(今年5月撮影)
山梨・道志七里起点にある五輪銘板(今年5月撮影)

大渡(おわた)の水くみ場で水分を補給。緩やかに上っていく道志みちを淡々と走る。休日なのでサイクリストも多く、どんどん抜かれていく。みんな速いねぇ(^_^; こっちは還暦過ぎてるし、焦らずマイペースを守る。


ようやく63・5キロ地点の四里塚隣にある通過チェック1の「五輪ウェルカムボード」に到着。五輪コースで言うとスタートから約80キロ地点だ。時刻は午前9時11分で貯金は約1時間。まずまずのペース。腹が鳴り出していたのであんパンをぱくつく。


山梨・道志みち四里塚にある五輪ウェルカムボード。通過チェック1
山梨・道志みち四里塚にある五輪ウェルカムボード。通過チェック1
四里塚から1・5キロ先の道の駅どうしにも五輪ウェルカムボードがあった
四里塚から1・5キロ先の道の駅どうしにも五輪ウェルカムボードがあった

道志みちは山伏峠手前の3キロほどがきつい。特に「山伏」という看板のあるオートキャンプ場から始まる勾配8%の2度の長い直線は、折れそうな心との戦いの連続だ。ここからあと100メートル以上標高を上げるというのも堪える。


ひたすら耐えて上り続けると、やがて「東富士七里太鼓乃里」の太鼓が見えてくる。あのカーブを右へ曲がるとピークだ。全身が脱力する瞬間である。ここにも「道志七里 終点」の五輪銘板が設置されていた。


山梨・道志みちの終点にある五輪銘板。この手前に太鼓がある。カーブを右に曲がった先は山伏トンネル
山梨・道志みちの終点にある五輪銘板。この手前に太鼓がある。カーブを右に曲がった先は山伏トンネル

山伏トンネルからは山中湖へ向かって気持ちのいい下りが続く。富士山は雲がかかり始め、山中湖まで下ったときは山頂まで覆い隠される寸前。タッチの差で何とか写真に収めた。


山中湖から富士山を望む
山中湖から富士山を望む

平野交差点を右折し、山中湖を反時計回りに回る。次の通過チェックは84キロ地点の明神前交差点にある五輪ロードレースモニュメント。ほぼ実物大のものが3台あり実際に乗ることも可能らしいのだが、この日は周辺に人も多く断念。写真だけ撮って素早くリスタートした。この時点で貯金は約50分。四里塚からあまり減ってないぞ。頑張ってるなぁ、自分(^o^)


山中湖・明神前交差点にある五輪ロードレースモニュメント。通過チェック2
山中湖・明神前交差点にある五輪ロードレースモニュメント。通過チェック2

明神前交差点はそのまま直進し、籠坂峠に向かう。西側の湖畔は初めて走ったが、スピードも出て気持ちのいい道だった。峠への分岐となる旭日丘交差点にも五輪ロードレースモニュメントがあった。巨大なので乗るのはちょっと無理かな(^_^;。山中湖周辺では東側にある「山中湖交流プラザきらら」にもモニュメントが設置されている。こちらはタイヤが固定でき、富士山、山中湖をバックに記念写真が撮れるようになっている。今回は残念ながらコース外で訪問できず。


山中湖・旭日丘交差点にある五輪ロードレースモニュメント
山中湖・旭日丘交差点にある五輪ロードレースモニュメント

籠坂峠を山中湖側から上るのも初めてだった。距離2・3キロで平均勾配は5%。最大勾配は7・3%。少しは苦しむかなと思ったが、「あれ、もう着いた」という感じであっという間にピークが見えてきた。山伏峠がきつ過ぎたせいか、それに比べると気分的には「丘」だった。五輪では男子がここを2度上っているが、坂ヘタレの自分でさえそんな印象だったので、トップ選手にとってこの程度の峠は上りでも何でもなかったかもしれない。


籠坂峠
籠坂峠

籠坂峠からは道の駅須走まで下り、その先の須走富士浅間神社をぐるりと回ってさらに県道151号(須走小山線)を下り続ける。男女ともこのコースを走っており、浅間神社の先の須走本通りの商店街右手に五輪銘板がある。


小山町須走本通りにある五輪銘板
小山町須走本通りにある五輪銘板

下りはなおも続いていく。やがて左手に見えてきたのが御殿場・上柴怒田のオカムラ事業所前にあるモニュメント。女子はここを左折してゴールの富士スピードウェイに向かう。男子は直進し、御殿場、裾野を回った後、再びここまで戻って左折するという終盤の重要なポイントだ。今回のブルベではここがチェックポイント2となっている。それはいいのだが、キューシートは男子と同様に直進せよとなっている。目の前にあるのはノーブレーキで気持ちよーく走れる直線の下り。つまり、これを下ってまずチェックポイント1の御殿場・柴怒田コミセン前の銘板へ行き、上り返してここへ戻って来いというコース設計なのだ。ひどいね。心が折れちゃうよ(T_T)


オカムラ事業所前のモニュメント前を指をくわえたまま通り過ぎ、楽しいはずのダウンヒルの最中も「もう下らなくていいから!」と叫び続けた。結局、籠坂峠から約10キロ下り、男子のコースと同様に一色方面へ向けて右折。ここで下りはようやく終わり、緩やかな上りが始まった。


105・7キロ地点の柴怒田コミセン前のレガシー銘板に着いたのは午前11時35分。貯金は1時間16分。これだけあれば明神峠・三国峠で時間をたっぷりと使えそうだ。この銘板の前の道路は周囲に比べて不釣り合いなほど広かった。近くに新御殿場インターがあったので新しく作られたのだろうか。


御殿場市柴怒田コミセン前の五輪銘板。チェックポイント1
御殿場市柴怒田コミセン前の五輪銘板。チェックポイント1

男子はこのまま南下して御殿場から裾野へ行き、富士山麓を周回するが、ブルベコースは北へ向かい、さきほど無情にも通り過ぎたオカムラ事業所前のモニュメントを目指す。当然ながら上り。それも結構きつい。


チェックポイント2はチェックポイント1からたった3・6キロで、約20分後に到着した。貯金は1時間7分と多少減ったが問題ないだろう。


このモニュメントに来るのは籠坂峠を目指して上った4月のブルべ以来(詳細はこちら)、今年2度目。その時は重いグラベルロードで自転車台に持ち上げるのにひと苦労し、タイヤ止めにも太い40Cのタイヤが入らず焦ったが、今回はタイヤが25Cのロードなのですんなりと収まった。


御殿場市上芝怒田の五輪銘板と五輪モニュメント。チェックポイント2
御殿場市上芝怒田の五輪銘板と五輪モニュメント。チェックポイント2

さて、いよいよ本日のハイライトである明神峠・三国峠はもうすぐだ。オカムラ事業所前から男女の終盤と同様に北へ向かう。しばらく上りが続き、突き当たりを右折すると道が下り始めた。せっかく標高600メートル付近まで上ったのに、峠を前にしてまた下るのか。は~ぁ……。


右手にゴルフ場、左手に霊園を見て下る。その先に男女ロードレースのゴール地点となった富士スピードウェイが左手に現れた。男子はリチャル・カラパスがゴール直前の見事なアタックでエクアドル史上2個目の金メダルを獲得し、ワウト・ファンアールト(ベルギー)とポガチャルが僅差の2位争いを繰り広げた。女子は数学者の伏兵アナ・キーゼンホファー(オーストリア)が大逃げを決めた場所だ。思い出すなぁ、あの興奮。その西ゲートに銘板があった。


小山町富士スピードウェイ西ゲートの五輪銘板
小山町富士スピードウェイ西ゲートの五輪銘板

この富士スピードウェイの先に日本では珍しいラウンドアバウト(環状交差点)がある。海外のロードレースでは頻繁に出てくるが、日本ではお目にかかったことはない。ロードレースを走っているようで嬉しくて無駄に回ったりして(^_^;


小山町にあるラウンドアバウト
小山町にあるラウンドアバウト

富士スピードウェイ東ゲートを過ぎてしばらくすると右手に明神峠入口のバス停。ここのT字路を左へと曲がる。標高は440メートル前後。7キロ弱で標高1100メートル付近まで上る激坂の始まりだ。


明神峠・三国峠の激坂の始まり(15年10月撮影)
明神峠・三国峠の激坂の始まり(15年10月撮影)

民家が途切れ、「山梨県境まで6キロ」の標識がある前後から「最高」ではなく「最低」勾配が10%前後となり、10~12%で推移していく。まだなんとか頑張れる範囲。これが中盤になると12~15%に跳ね上がる。ぎりぎり頑張れる範囲だが、心は折れそう。早く終わりたいと焦る気持ちを抑え、ひと踏みひと踏みに精いっぱいの力を込めてペダルを回す。顔を上げると道が消えているのが見える。あそこで緩くなる。あそこまで頑張ろう。だが、そこにたどり着いても再び壁が立ちはだかる。その繰り返し。とにかく諦めないこと。邪念を捨て漕ぎ続ける。


そして迎えた終盤の最大勾配18%区間。頑張って上れる坂ではない。選択肢は3つ。足を付いてひと息入れるか、諦めて押し歩きするか。上る途中で足つきするとこの勾配では自転車に乗れないので、とりあえず行ってみるかという選択肢はなく、「死に物狂いで頑張ってダメだったらUターンして国道246まで下って家路につく」が3つ目。


これまで何度かアタックしては跳ね返された。最後まで自転車に乗れず押し歩きしたこともある。年も年だし、これが最後の挑戦になるかもしれない。とにかく1度でも足つきなしで上りたい。よし、このまま上ろう。


明神峠の勾配18%の激坂(15年10月撮影)
明神峠の勾配18%の激坂(15年10月撮影)

滑り止めのドーナツ形の凹みが施された激坂を時速4~5キロでヨロヨロと上って行く。すぐに左カーブが現れた。インは20%以上ありそう。幸い車が来なかったので中央まで膨らむ。そして直線の上り。見上げた先の道が消えているのであそこで終わりだ。もう少し。だが、亀の歩みではなかなかたどり着けない。果てなく遠い。時折ダンシングを入れながら、焦らず進む。もう、息も絶え絶え…。そして、ドーナツ形の凹みが消える。ついに足つきなしで18%をクリアしたぞ。距離にして150メートルほどしかなかったが、いや~、長かった。


上りはこれで終わりではなく、10~15%の勾配がまだまだ続いていく。しかし、18%の後の15%は不思議なことに楽に感じる。明神峠バス停前には汗びっしょりになりながら多少の余裕を持ってたどり着いた。63歳にして明神峠を初制覇した。経験のなせるわざかと悦に入ったが、リアを11速にして30Tという乙女ギアを導入したおかげだろう。だから最後まで回せた。


バス停に自転車を立てかけている先客がいたこともあり、その時点ではまだ余裕もあったのでそのまま上り続けた。ところがしばらくしたところで足がつりそうになってきた。実は山中湖の「ままの森」を上っているときに左足が完全につったため、ストップしていた。その後はきつい上りもなかったので再発することはなかったが、ここにきてまた痙攣(けいれん)してきた。トルクをかけないよう、ペダルをゆっくりと回して回復を図りながら恐る恐る上る。時速は4キロ。歩くより遅い。やがてだまし通せなくなり本格的につった。万事休す。次の通過チェック「明神峠モニュメント」まで残り400メートルで無念の足つきとなった。


明神峠の五輪モニュメント寸前で痛恨の足つき
明神峠の五輪モニュメント寸前で痛恨の足つき

だが、明神峠は制覇したという喜びがあるので、この足つきはそれほど悔しくはない。しばらく休んで回復を待ち、モニュメントへ向かった。


121・1キロ地点の明神峠の五輪モニュメント到着は午後1時11分。貯金はまだ40分あった。きつい上りがあと2キロほど続くが、帰りの道志みちで1時間以上の貯金ができるので時間内完走は見えてきた。


明神峠の五輪モニュメント
明神峠の五輪モニュメント
明神峠五輪モニュメント。金のカラパス、銀のファンアールト、銅のポガチャルの名前が刻んである
明神峠五輪モニュメント。金のカラパス、銀のファンアールト、銅のポガチャルの名前が刻んである
明神峠五輪モニュメント手前は勾配13%
明神峠五輪モニュメント手前は勾配13%

五輪の男子ではこの峠が勝負どころとなり、優勝したカラパスを始め、ポガチャル、ファンアールト、アダム・イェーツ(英国)ダビド・ゴデュ(フランス)バウケ・モレマ(オランダ)らが少数精鋭の先頭集団を形成し2度目の籠坂峠へ向かっていった。日本代表の新城幸也(バーレーン・ヴィクトリアス)は残念ながらこの峠手前で遅れた。


モニュメントにはメダリストの名前が刻まれ、栄誉を称えていた。自転車が置けるようになっていたが、この傾斜は18%を表しているのだろうか。もっときついような気がするのだが。


明神峠を過ぎると、一度神奈川県に入る。ここで勾配が一瞬緩くなって喜ばせてくれるが、そんな甘いわけはなく10%前後の勾配が山梨県境の三国峠まで続く。麓にあった「山梨県境まで6キロ」とはこの三国峠までの距離だった。


7年前のブルベ(詳細はこちら)では何度も足つき、明神峠から三国峠はほとんど押し歩きした。しかし、これでようやくリベンジできた。清々しい気分で帰ることができるぞ(^o^)


この後はチェックポイントもなく、山伏峠を上り返して道志みちから尾根幹を走り、201・5キロ地点のゴールまで無事完走。所要時間は11時間22分と予想を大幅に上回るタイムだった。


稲城・大丸公園へゴール
稲城・大丸公園へゴール

東京2020大会から1年。都内に新設された6つの恒久施設も今後の黒字試算は「有明アリーナ」のみ。水泳の「東京アクアティクスセンター」や「カヌー・スラロームセンター」「海の森水上競技場」など計5施設で赤字運用が見込まれ、“負のレガシー”となりかねない状況に陥っている。その中で自転車ロードレースは自然が舞台で観客席は不要という競技の性格も幸いし、コースとなった各自治体の積極的な姿勢も加わって、レガシーとしてしっかりと受け継がれていることが感じられたライドだった。


小倉橋に巨大横断幕を設置した相模原市は7月30日に「さがみはらサイクルフェスティバル2022」を開催。また、同日には「東京2020オリンピック・パラリンピック1周年記念 自転車ロードレースレガシーサイクリング」も行われた。これは日本代表だった増田成幸(宇都宮ブリッツェン)ら五輪・パラ経験者ら約30人が参加。少人数のグループに分かれ間隔を空けて交通法規に従い、東京・武蔵野の森公園からゴールの静岡・富士スピードウェイまで女子のコースに準じたルート(114・6キロ)を走るというもの。エイドステーションも稲城市・稲城中央公園、相模原市・串川地域センター、道志村・道の駅どうし、山中湖村役場に設けられた。


大会前に会見した実行委員長の片山右京氏は「(大会を)一過性のものにしてほしくないという要望をいただき、企画がスタートした」と説明し、毎年の開催を目指す方針を明らかにした。23年は一般参加者も募る計画という。


府中・けやき並木通りにある五輪銘板(7・7キロ地点)
府中・けやき並木通りにある五輪銘板(7・7キロ地点)
オフィシャルスタートとなった府中・是政橋にある五輪銘板(10・0キロ地点)
オフィシャルスタートとなった府中・是政橋にある五輪銘板(10・0キロ地点)
多摩東公園にある五輪銘板(21・9キロ地点)
多摩東公園にある五輪銘板(21・9キロ地点)

レガシーサイクリングに参加した大会組織委員会元会長の橋本聖子参院議員は「富士山へ向かっていくコースの美しさを感じた」と言う。その通り、日本が誇れるコースだと思う。惜しむらくは「南富士エバーグリーンライン」という有料道路を男子のコースに入れたこと。これで一般サイクリストが「ポガチャル気分で五輪コース全走破」とはならなくなった。コース設計の難しさなどいろいろな事情はあるのだろうが、ちょっぴり残念。【石井政己】