ここアメリカでは、4月3日現時点で全米38州とワシントンDCで「Stay at home(自宅待機命令)」が出されており、国民の90%が不要不急の外出自粛を強いられています。経済大国アメリカでこれだけの人が自宅待機するということは想像を遥かに超える経済的打撃となりますが、それでも新型コロナウイルスの感染拡大を遅らせて致死率を低くするには人の動きを止めるしかないということをようやく多くの人が理解し始めています。アメリカで感染者が増え始めた初期段階で最初に対策を取ったのがワシントン州とカリフォルニア州でした。ここロサンゼルス(LA)ではエリック・ガルセッティ市長が3月16日から市内の全てのレストランとバーを閉鎖すると発表。そして、その翌日にはサンフランシスコ市で自宅待機命令が出され、それに続いてカリフォルニア州でも19日から不要不急の外出が禁じられました。それから半月が過ぎた現在、カリフォルニア州の感染者数は約1万1200人ですが、ニューヨーク州では10万人を超えています。ニューヨークでは3日に24時間で562人が亡くなるなど死者数は全米の過半数を上回る3000人を超え、街中に遺体を収容するための大型冷蔵トラックが並ぶなどすでに医療崩壊が起きています。4月に入って感染者数が急増した南部の州などでも次々と自宅待機命令が出されましたが、ようやく今になって早期対策を講じたカリフォルニア州の政策が評価され始めています。

週末のサンタモニカのメインストリートにも人影がありません
週末のサンタモニカのメインストリートにも人影がありません

LAはニューヨークと比較するとマンハッタンのようなに狭い土地に人口が密集しておらず、基本的に車社会のため地下鉄など密集空間が少ないという点はありますが、10分の1ほどに感染者数を抑えられているLAとニューヨークの明暗を分けたのは自主隔離を実行したタイミングの早さだと専門家は指摘しています。ニューヨーク州で自宅待機命令が出たのは22日で、LAで飲食店が閉まっていた最中もニューヨーク市内は人で賑わい、人々が普通に外食やバーでお酒を楽しみ、ブロードウェイミュージカルを観戦する観光客も大勢いたことが伝えられています。筆者はLAで自宅待機命令が出される数日前にハリウッドやビバリーヒルズのショッピング街など普段は人通りが多い場所を回ってみましたが、すでにその時点で人通りはほとんどありませんでした。つまり、数日早く人の動きを止めたことが、これだけの大きな差につながったことになります。

渋滞する時間帯の高速道路もガラガラ
渋滞する時間帯の高速道路もガラガラ

日本でも首都封鎖(ロックダウン)や緊急事態宣言が出される可能性が取りざたされていますが、海外に住む多くの日本人が今、「日本と危機感に対する温度差」を感じています。ニューヨーク在住の日本人女性による緊迫する現状を訴える動画がSNSで拡散されて話題になっていますが、多くの在米日本人は今も普通の生活を送っている日本の現状に不安を感じています。なぜなら、たった数週間で世界が一変する恐怖を体験し、緊迫した医療現場の状況を目の当たりにして他人事ではないことを身を持って実感しているからです。もはや誰が感染している分からない状況において普段はフレンドリーなアメリカ人たちが今は誰もが「あなたコロナ持ってないわよね?」と人に対して疑心暗鬼になり、どこでウイルスをもらうか分からないのでできるだけ人と接触するのを避け、道で人とすれ違う時は極力端によって近づかないよう距離を取り、買い物に出かける時は手袋をはめて素手で物を触らないよう細心の注意を払う日常を体験しているからです。そのくらい皆が怖がっているのです。今、例えレストランやバーが開いたとしても、そこに行くことで感染するリスクが高いと理解しているので、ほとんどの人が行こうとはしないでしょう。感染しても治療が受けられないこと、普段なら助かる命も助からない現状を見ているからです。また、自分は感染しても軽症や無症状かもしれませんが、それによって自分の家族や友人、恋人、そしてその家族など大切な人たちに感染させてしまうリスクがあり、コロナを甘く見ると中国やイタリアのようになる恐怖を充分に味わっているからです。

社会的距離として他の人と1・8m離れることが徹底されています
社会的距離として他の人と1・8m離れることが徹底されています

もちろん失業者は増え続けていますし、経済の停滞で苦しい立場に追い込まれている人は大勢いますが、多くの人が自宅待機命令に従っているのは、知事らリーダーたちが毎日の記者会見できちんと現状や対策を具体的に説明し、このまま何もしなければ近い将来起こりうる最悪のシナリオを示し、明確なメッセージを配信していることが大きいと思います。それでももちろん外出する人はいますし、実際にここLAでも自宅待機命令が出た直後の週末はたくさんの人がビーチや山にハイキングに出かけて人混みができました。しかし、その直後に州はビーチや公園をすぐさま閉鎖し、社会的距離と呼ばれる他人との距離を6フィート(約1.8m)保つことの重要性を説明。改めて社会的距離を保った上で散歩や運動をするよう呼びかけました。日本では、「感染は自己責任」だからイベントに参加した、飲みに出かけた、カラオケに出かけたという声を聞きますが、「自己責任の社会」と言われるアメリカでは自分の行動によって自分が感染するのは自己責任ですが、それは自殺行為であると多くの人は思っています。感染することによって医療崩壊を招いて多くの死者が出ることや他人に感染を拡大するのは自己責任では済まされないことを理解しているからこそ、今は辛くて大変だけど皆で自宅待機しましょうという雰囲気になっているのです。

飲食店はテイクアウトとデリバリー、ドライブスルー限定で営業されています
飲食店はテイクアウトとデリバリー、ドライブスルー限定で営業されています

日本では医療従事者やその家族に対して偏見や差別的な行為をする人がいるとのニュースを耳にして驚きましたが、こちらでは医療従事者は社会のヒーローとして称えられています。彼らがいなければ治療を受けて命をつなぐことができませんから、警察官や消防士と同じ英雄として扱われています。欧州やアメリカでは感謝の気持ちを表す拍手のムーブメントが起きていますし、LAのある地域ではスターバックスが病院関係者に無料でコーヒーを提供していたり、ドーナツ店クリスピー・クリームでも医療関係者は身分証明書を提示すれば無料でドーナツがもらえるなど、最前線で命を救うために奮闘している医療関係者を支援する動きも広がっています。

「多くの人が外出自粛に従えば短期間で終息に向かうが、皆が外出すればそれだけ事態は長引く」とガルセッティ市長は会見で語っていましたが、人の動きを止めることが今は一番有効な対策なのではないでしょうか。日本でもカリフォルニア州のように一人一人が不要不急の外出を自粛することで感染者数の急増を抑え、医療崩壊など最悪の事態を回避できる可能性が今ならまだあると危機的状況を体験している在米日本人たちは思っています。(米ロサンゼルスから千歳香奈子。ニッカンスポーツ・コム「ラララ西海岸」、写真も)