新型コロナウイルスワクチンの接種が進むアメリカでは、米疾病対策センター(CDC)が13日に、接種を完了した人は屋内外を問わずにマスクを着用しなくてよいとする新たな指針を発表。さっそくバイデン大統領もホワイトハウスで行った記者会見でマスクを外した姿を披露して「アメリカにとって素晴らしい日」と称え、メディアも「これでコロナ禍前の日常に戻れる」と歓喜に沸く各地の様子を伝えています。その一方で、集団免疫を獲得できる水準にはまだ達しておらず、ワクチン接種を終えていない人は感染するリスクがあるため、未接種者には引き続きマスクを着用するよう求めています。ちなみにワクチン接種完了者とは、2回目(ジョンソン・エンド・ジョンソンの接種者は1回)のワクチン接種から2週間が経過した人を指します。マスク文化が皆無だったアメリカで、1年以上マスクを着用する生活が続いたのですから喜びもひとしおのはずですが、実際には「解除が早すぎる」「まだ不安」といった声も多く聞こえてきます。

LAでは現在もすべての店舗や施設に入る際にはマスク着用は義務化されています
LAでは現在もすべての店舗や施設に入る際にはマスク着用は義務化されています

マスク着用の義務化に関しては州や自治体ごとに異なる政策が取られており、コロナの封じ込めに成功したここカリフォルニア州は、CDCの発表後も州の規制によってスーパーマーケットや店舗、レストランなどに入る際や娯楽施設等でもマスク着用が義務化されています。現時点ではコロナ関連の規制をすべて解除する目標に掲げている6月15日までは、カリフォルニア州内ではマスク着用は必須となっています。CDCの発表後に外を歩いてみましたが、筆者の暮らすロサンゼルス(LA)の自宅周辺では屋内のみならず屋外でもかなり多くの人がマスクを着用しています。LAでは9日時点で住民の43.5%がワクチン接種を完了しており、2.3人に1人は接種を終えている計算になりますが、地元テレビ局の報道をみても「今はまだマスクをしていた方が安心」「まだ屋内ではマスクが必要だと思う」といった声も多いようです。筆者の周囲のワクチン接種者もほとんどが外出時にマスクを着用していますし、他人と近距離で接しない散歩や屋外での活動以外は当面はマスク着用を止めないと話す人も意外に多い印象です。

LAではマスクの正しい着用を促す看板が設置されている施設も多く、義務化が徹底されています
LAではマスクの正しい着用を促す看板が設置されている施設も多く、義務化が徹底されています
LAでは屋外でもマスク着用が求められています
LAでは屋外でもマスク着用が求められています

そしてこのCDCの発表を受けて今問題となっているのが、スーパーでの買い物や混雑するショッピングモール、映画館等に入る際にワクチン接種完了者と接種していない人をどう区別するのかということです。現時点で証明する手段はなく、あくまで自主的にマスクを着用するか外すかを選択できるため、接種をしていない人も基本的にマスクを外して入店することが可能になってしまうことが懸念されています。CDCの発表を受けて、すでに小売大手のウォルマートや一部スーパーマーケットなどは店舗でのマスク義務化を解除することを発表していますが、マスク着用については顧客の良心を信頼するとしており、全面解除には慎重な姿勢を見せる企業も少なくないようです。

人混みでマスクを外すのにはまだ抵抗があるという人も少なくないようです
人混みでマスクを外すのにはまだ抵抗があるという人も少なくないようです

そこで取りざたされているのがワクチンパスポートですが、これも宗教や医学的理由からワクチンを接種できない人も一定程度いることや接種を強制することは個人の選択の自由を奪うものであり、なおかつプライバシーの侵害につながる危険性もあるため慎重な対応が求められています。そんな状況において、なぜ今マスク着用義務化を廃止する必要があったのか疑問を呈する専門家も少なくなく、12~15歳の子供へのワクチン接種が始まったばかりでそれより幼い子供たちはまだ接種できないタイミングでの新たな指針に戸惑いの声があがっています。

ではなぜ、集団免疫獲得まであと数か月と言われる中で今、CDCはマスク着用の必要はもうないと発表したのでしょう。接種完了者は例え感染したとしても重症化せず、またウイルスを人にうつす可能性が極めて低いことが科学的に証明されたことが理由の一つにあげられており、エビデンスに従ってマスク着用の義務化を廃止すべきとの声が以前からあったのも事実です。一方、もう一つの要因としてワクチン接種のペースが鈍化していることが考えられます。

ドラッグストアでワクチンを接種することも可能で、予約も不要になりました
ドラッグストアでワクチンを接種することも可能で、予約も不要になりました

すでに積極的に接種を希望していた人はほぼ全員が打ち終えていると考えられる中、今後はいかに接種をためらっている人たちに打ってもらうのかが課題で、無料のビールやドーナツ、野球観戦チケットの贈呈、接種会場への配車サービスでの無料送迎など様々なキャンペーンを展開しています。ついにはオハイオ州で接種者5人に抽選でそれぞれ1000万ドル、日本円にして1億円以上が当たる宝くじキャンペーンまで登場しており、各州ともあの手この手で接種率を上げることに躍起になっています。そして、それをさらに加速されるために政府として「ワクチンを接種したら煩わしいマスクから解放されるんだから、打たない手はないよ」という強いメッセージを発信したかったのは間違いないでしょう。

しかし、集団免疫の水準までまだ時間を要する中でマスク着用の義務化を止めることは、新たなる感染拡大や変異種の侵入を招く恐れがあるだけでなく、ワクチン接種を終えた人と接種していない人との間に分断や差別を招きかねない危険があるのも事実です。実際、「あなたはワクチン接種していないから、ホームパーティーには呼べないわね」などという会話も巷ではなされており、偽ワクチン証明書も出回っているといいます。ワクチン未接種者がマイノリティーになっていく中で社会の在り方も変わり、新たに未接種者という社会的弱者が生まれる可能性も出ています。(米ロサンゼルスから千歳香奈子。ニッカンスポーツ・コム「ラララ西海岸」、写真も)