平成に入って間もない1991年に惜しまれながら約70年の歴史にピリオドを打った「同和鉱業片上鉄道」(岡山県)。地元では「かたてつ」の愛称で親しまれていた。かたてつの中心駅のひとつだった「吉ケ原駅」(美咲町)は、廃線後も「柵原(やなはら)ふれあい鉱山公園」のひとつとして当時の駅舎が、そのまま保存され「片上鉄道保存会」有志の皆さんによって、当時の車両が展示運転されている。菊池桃子さんのCMや映画のロケ地にもなった現地を訪ねた。(訪問は7月9日)

 
 

駅舎に近づいた私を歓迎してくれたのは、多くのツバメだった(写真1、2)。私の周囲を飛び回っている。群れとまではいかないが、これほどの数のツバメはなかなか見た記憶がない。「公園も人出が減り、周辺の工場や商店も休業していたので巣作りには絶好の環境だったようです」と笑顔を見せる保存会代表の甲本康則さん(59)。人間には困った状況がツバメにとっては楽園になったのかもしれない。

〈1〉吉ケ原駅は約90年前の姿をそのまま残している
〈1〉吉ケ原駅は約90年前の姿をそのまま残している
〈2〉駅舎の内部
〈2〉駅舎の内部

新型コロナウイルスの感染拡大は保存会にも大きな影響を及ぼしている。毎月第1日曜日に行ってきた展示運転は春から中止を余儀なくされている。かたてつ(旧片上鉄道)で最後まで運行されていた車両のキハ303は34年製造。動く車両(動態保存)としては日本で最も古いものだが、残念ながら「現在は定期的にブレーキ試験などを行っている状況」(甲本さん)だという(写真3、4、5)。

〈3〉動く車両としては国内で最も古いキハ303
〈3〉動く車両としては国内で最も古いキハ303
〈4〉動態保存されているキハ702
〈4〉動態保存されているキハ702
〈5〉ディーゼル機関車のDD13。こちらも動態保存
〈5〉ディーゼル機関車のDD13。こちらも動態保存

生まれ育った関西の家が線路沿いで、レールの音が子守歌だったという甲本さんは、かたてつが現役のころ現地を訪れ「沿線の皆さんの優しさに触れた」という。「20~30年前の鉄道ファンというのは、今と違って日陰の存在でしたが初めての私に『お茶ぐらい飲んでいきなよ』とか、声をかけてくれた」。保存会員としての活動歴は18年にもなる。

保存会は91年の廃線翌年に発足。廃線後、駅舎や車両が徐々に解体されていく中、車両の譲渡を受けた。吉ケ原駅近辺の線路がまだ残っていたことも幸いした。駅舎もバスの待合所として残っていた。98年に周辺が柵原ふれあい鉱山公園(※)として開園。試運転はそれ以前に始まっていたが、同年に展示運転が開始された。

〈6〉公園内の「終点」として新設された黄福柵原駅
〈6〉公園内の「終点」として新設された黄福柵原駅
〈7〉移設された柵原の駅名標
〈7〉移設された柵原の駅名標
〈8〉公園内の名所としてロケ地案内がある
〈8〉公園内の名所としてロケ地案内がある

かたてつの終点はさらに1駅の柵原だったが、駅舎が解体された後の2014年に線路を100メートル延伸する形で「黄福柵原駅」(写真6、7)ができ、片道400メートルの「路線」となった。300円の1日会員となることで10往復の展示運転に何度でも乗車できる。

1931年の建築。登録有形文化財にもなっている吉ケ原駅舎は数々のドラマ、映画のロケ地に使用されている(写真8)。私の目を引いたのは菊池桃子さんのCMである。1985年とあるから菊池さんは当時17か18歳。自転車ごとホームまで来た菊池さんが走り始めた列車と恋人(?)を見送る印象的なCMだった。吉ケ原がロケ地とは、この日まで知らなかった。当時は駅も線路ももちろん現役。菊池さんのファンが全国から、この駅を目指してやって来たそうだ。

〈9〉腕木式信号もポイントも現役として残る
〈9〉腕木式信号もポイントも現役として残る
〈10〉当時の名所案内も残る
〈10〉当時の名所案内も残る

甲本さんに一通り構内と保存車両を案内してもらった後は1人で散策。ポイントも動かせるようになっているし、腕木式信号も残る(写真9、10)。駅のホームには当時の駅名標とベンチがそのまま残るが、ベンチの消えかけたゴルフ場の広告を見ると、あれ? これって今をときめく渋野日向子プロが練習していることで一躍有名になったゴルフ場では? 路線としての歴史は大正期からだが、そこに菊池桃子から渋野日向子まで…。時空を超えるロマンである(写真11、12、13)。

〈11〉ホームと木製の鳥居式駅名標も当時のまま
〈11〉ホームと木製の鳥居式駅名標も当時のまま
〈12〉広い構内が残る
〈12〉広い構内が残る
〈13〉ベンチには当時の広告がそのまま
〈13〉ベンチには当時の広告がそのまま

保存会の会員数は20人。動態保存10両もの面倒を20人で見るだけでも大変だが、会員は全国各地にいるため一堂に会することが現状困難。美咲町によると、安全面も考慮し、お客さんを乗せての展示運転については年内はすべて中止することになった。

〈14〉季節は7月だが、生まれたばかりのツバメのひなが巣にいた
〈14〉季節は7月だが、生まれたばかりのツバメのひなが巣にいた

駅舎を離れようとすると再びツバメがノビノビ飛んでいた。よく見ると巣には生まれたばかりのヒナ。本来なら巣立ちを迎えている時期だが、条件が良いので2度目の子育てをしているのだろう(写真14)。展示運転はしばらくないと前述したが、お客さんを乗せない展示だけの運転の可能性はまだ残るという。巣立ったツバメが戻ってくるまでには、ノビノビ走る車両に乗ってみたい。そう思った。【高木茂久】

◆同和鉱業片上鉄道 柵原鉱山の硫化鉄鉱を瀬戸内に面した片上港まで運搬することを目的に敷設された。1923年に片上~和気が開通。31年に片上~柵原が全線開通した。全線33・8キロ。91年6月30日に廃線。

※かたてつの元となった柵原鉱山の歴史と文化が学べる。鉱山資料館も併設。JR津山駅のバスセンターから吉ケ原まで1日4~7本のバスがあるが、やはりマイカーやレンタカーが便利。レンタカーは岡山や津山、湯郷温泉などにある。宿泊は車で20分ほどの湯郷温泉がおすすめ。