鳥取と岡山県の津山(正確には東津山)、つまり因幡と美作を結ぶ路線が因美線だ。いわゆる陰陽(山陰と山陽)連絡線のひとつとして戦前に全通した。智頭急行の開業によって、主に鳥取側の鳥取~智頭と主に岡山側の智頭~津山が運行上、分断された形となっているが、北側にあたる鳥取~智頭間は普通列車で通ったことが、これまで1度もなかった。8月の終わり、青春18きっぷを手に現地の各駅を訪ねた。(訪問は8月23日)

 
 

旅の始まりは因美線ではなく山陰本線だった。米子駅が9月から改修されるとのことで今のうちにもう1度見たいと駅舎を見に行ったのが8月22日。典型的な国鉄ビル(写真1)。

〈1〉改修されることになった米子駅
〈1〉改修されることになった米子駅

かつては各地にあったが、新潟駅と並んで貴重な存在となってしまった。その新潟駅も改修されるという。昭和に時間を戻せば、役所や学校と同じような「官」が色濃い姿だが、当時から列車を利用していた者としては寂しさも感じる。

手元には18きっぷが残り2回分。当初の予定では神戸から鳥取までバスで行き、米子との往復で1回、翌日の因美線で最後の1回を使用する予定だったが、朝にバス乗り場を訪れると、米子行きのバスが鳥取行きの少し前に出ることを知り方針変更。米子~鳥取だけの片道なら途中の駅で、いくつか降りても18きっぷ利用はもったいないので1枚は温存することにした(これが後々、大きな意味を持つことになる)。

鳥取で宿泊して朝の7時過ぎに駅へ。キハ47の2両編成がお出迎え(写真2、3)。

〈2〉鳥取駅は高架のターミナル駅でありながら非電化。高知駅と並ぶ珍しい形となっている
〈2〉鳥取駅は高架のターミナル駅でありながら非電化。高知駅と並ぶ珍しい形となっている
〈3〉因美線へはキハ47で向かう
〈3〉因美線へはキハ47で向かう

因美線の智頭以北はJR以外の他社車両がバンバン走る路線となっている。智頭からの智頭急行、郡家からの若桜鉄道と2線の相互乗り入れがあるからだ。だから鳥取~郡家間は本数も多い。さすが県都と直接つながる路線。さらに「スーパーはくと」「スーパーいなば」の特急も走っているので見ていて飽きない。

だが今回は18きっぷで行ったり来たりできることだし、本数の減る郡家以南の駅を巡ってみよう。過去何度も利用している智頭以北だが、特急と急行でしか通ったことがないので普通のみの停車駅では降りたことがない。

まずは因幡社駅。難読の国名だが「因幡の白うさぎ」のおかげで、おそらく誰もが読める(写真4、5)。しかし意外にもJRで「因幡」が付く駅はここだけで貴重な存在。てっきり無人駅だと思ったら、駅舎が理髪店となっている。きっぷの委託販売もしているようだが、理髪店に合わせて月曜休みというのがユニークである。

〈4〉因幡社駅には理髪店が入居している
〈4〉因幡社駅には理髪店が入居している
〈5〉きっぷの委託販売を行っているが理髪店の休日は窓口も休業となる
〈5〉きっぷの委託販売を行っているが理髪店の休日は窓口も休業となる

智頭から折り返した列車で用瀬へ。旧暦3月3日に行われる流しびなが有名で、用瀬町(現在は鳥取市)の中心駅だっただけに規模は大きい(写真6~8)。

〈6〉流しびなでは多くの利用客がある用瀬駅
〈6〉流しびなでは多くの利用客がある用瀬駅
〈7〉流しびなの里として有名
〈7〉流しびなの里として有名
〈8〉JRの車両と智頭急行の車両がすれ違う
〈8〉JRの車両と智頭急行の車両がすれ違う

列車交換をながめながら、駅舎とは逆側のバス乗り場へと向かう。次の鳥取行きまで1時間半。効率よくするため、バスに乗る。にわか知識だが、どうやら各所からのバスはここ用瀬駅に集まって鳥取へと向かうようだ。あいにく今日は日曜だが平日は1時間に2本のバスがある(写真9)。

〈9〉用瀬駅から鳥取駅へはバスの本数が多い
〈9〉用瀬駅から鳥取駅へはバスの本数が多い

向かったのは国英駅。なにぶん土地勘がないので、乗車時に運転手さんにお願いして国英駅前のバス停で降ろしてもらう。ただ降りてがくぜん。見える線路ははるかかなた。もう1度言うがバス停の名前は「国英駅前」(写真10)。

〈10〉国英駅前のバス停を降りても付近に駅は見えなかった
〈10〉国英駅前のバス停を降りても付近に駅は見えなかった

今はスマホアプリがあるので駅の位置が分かるが、以前はきっと不安になっただろう。もっともこのパターンは地方に行くと珍しくないことではある。

5分ほど歩いて到達した国英駅も、なかなか驚かされる(写真11、12)。ポツンと一軒家ならぬポツンと駅舎。右手の自転車置き場が離れているのを見ても、もともとの駅舎を大幅カットしたことは明らか。それでも田畑が一面に広がる一帯で駅の周辺が住宅地となっていることに地域と駅の歴史を感じさせられた。

〈11〉バスを降りて細い坂道を登っていくと国英駅に到着する
〈11〉バスを降りて細い坂道を登っていくと国英駅に到着する
〈12〉ボツンと駅舎の国英駅。右にあるのが自転車置き場で、かつては駅舎がその部分まであったと思われる
〈12〉ボツンと駅舎の国英駅。右にあるのが自転車置き場で、かつては駅舎がその部分まであったと思われる

ちなみに、ここまで読みを一切入れずに書いてきたが、郡家(こおげ)智頭(ちず)因幡社(いなばやしろ)用瀬(もちがせ)そして国英(くにふさ)と、どの駅も結構な「難敵」ぞろい。路線の特徴のひとつである。

河原駅で下車(写真13~15)。木造駅舎とホームの間には多くの側線があったと思われる空間がある。以前はホームも2面だったが今は1面。あえて残していると思われる2つの駅名標がいい。私が降りた鳥取行きには入れ違いに多くのお客さんが乗ってきた。ここから鳥取までは約20分。週末で街に行くのだろう。

〈13〉新旧2つの駅名標が掲げられている河原駅
〈13〉新旧2つの駅名標が掲げられている河原駅
〈14〉河原駅には多くの側線があったと想像される広い空間がある
〈14〉河原駅には多くの側線があったと想像される広い空間がある
〈15〉訪問時は無人だった。窓口がかわいい
〈15〉訪問時は無人だった。窓口がかわいい

その後、智頭まで行き昼食(ビールも)。乗車のキハ120津山行き(かつて三江線で活躍していた車両で、ちょっと感動した)は12時54分で時間は早いが、さらに味のある駅舎がそろう因美線南側の駅巡りは断念(写真16、17)。

〈16〉智頭急行と因美線の結点となる智頭駅
〈16〉智頭急行と因美線の結点となる智頭駅
〈17〉かつて三江線で活躍していたキハ120が転用されていた
〈17〉かつて三江線で活躍していたキハ120が転用されていた

前夜いろいろ考えたが無理なのだ。それでも幸いなことに18きっぷはまだ1回分残っている。「リベンジ」を誓って、東津山で姫新線に乗り換え帰路についた。【高木茂久】