青春18きっぷを利用して2週にわたった今回の因美線の旅は、自分の中でも強く記憶に残るものとなった。猛暑、バス、徒歩に加え、事前に想像もしていなかったのどの渇き。その先々で待っていたのは、すてきな駅舎と新鮮な出会い。苦労した分、気持ちも高まる。美作滝尾は寅さん、そして路線上の終点となる東津山は聖地。こうしてみると十分に「全国区」の路線である。(訪問は8月29日)

5年ぶりに訪れた津山駅の駅前はすっかり様変わりしていた。B’zのお出迎えも(写真1)。これについては後述する。

〈1〉津山駅ではB'zが出迎えてくれる
〈1〉津山駅ではB'zが出迎えてくれる

美作滝尾から隣駅の三浦まではバスで向かう。ただしバス停は「滝尾駅口」で、明らかに駅からは遠いようだ。バス停を探してウロウロして逃してしまうとまずいので、早めに歩き始めると10分弱で到着。写真でお分かりのように駅は田んぼの向こうだ(写真2)。この1日3本しかないバスに乗るわけだが、ひとつ問題が生じていた。

〈2〉滝尾口駅のバス停。美作滝尾駅が田んぼの向こうに見える。1日3本のバスを目指した
〈2〉滝尾口駅のバス停。美作滝尾駅が田んぼの向こうに見える。1日3本のバスを目指した

津山から高野→那岐→美作滝尾と回ってきたのだが、3時間以上、飲料の自販機に出会っていないのだ。コンビニなど最初からあきらめている。今夏の暑さはご存じの通りだが、この日も猛烈に暑かった。自販機なんて駅前にあるものと脳内にインプットされていたのだが、この現実には参った。屋根も座るところもない滝尾駅口のバス停で20分ほど待つのか…いや目の前の県道は車がビュンビュン走っている。アプリで調べると三浦まで2・2キロ。バスを待った方が多少早く着くだろうが、道中に自販機があるかもしれない。ここは歩こう。

 
 

で、結論から書くと約30分の道中も三浦駅にも自販機はなかった。もちろんバスには抜かれ、汗が流れ落ちる。泣きそうになったが、もう涙の水分すらない状態だ。智頭以南で唯一、戦後に開業した三浦は駅舎のない棒状駅(写真3~5)。

〈3〉戦後生まれの三浦駅は駅舎のない棒状駅
〈3〉戦後生まれの三浦駅は駅舎のない棒状駅
〈4〉三浦駅の駅名標
〈4〉三浦駅の駅名標
〈5〉三浦駅は高台のカーブに設置されている
〈5〉三浦駅は高台のカーブに設置されている

高台にあるのだが、ひょいと顔を上げるとガソリンスタンドが目に飛び込んできた。これはと県道に降りる。すると三浦駅のバス停があり、そこにはなんと酒屋さん。オアシスという言葉を初めて実感した。350ミリのコーラと600ミリの麦茶を一気飲み、がぶ飲みである(写真6)。医学のことは分からないが、もしかすると危険な状態だったのかもしれない。

〈6〉1リットル近くのコーラと麦茶を一気に飲み干してしまった
〈6〉1リットル近くのコーラと麦茶を一気に飲み干してしまった

とにかく生き返った。意気揚々と列車に乗り込み知和へ。因美線の駅舎ランキング投票があれば上位確実なのが知和だと思う。映画のセットのような木造駅舎(写真7~9)。そして因美線全体に言えることだが、駅とその周辺がきれいに整備されていることが、美しさを引き立てる。

〈7〉年輪を刻んだ木造駅舎の知和
〈7〉年輪を刻んだ木造駅舎の知和
〈8〉知和駅の構内
〈8〉知和駅の構内
〈9〉木製の改札が残る
〈9〉木製の改札が残る

知和ではうれしいことがあった。朝からいくつか駅で乗下車したが、那岐以外の駅でお客さんが降りるのも乗るのも見たことがなかった。土曜日ということや時間帯もあるのだろうが、乗車も下車も常に私だけ。青春18きっぷの季節で車内には同業者(鉄道ファン)がかなり見られたが、このダイヤで降りるのは勇気がいる。当然ここも、と思い込んでいたら高校生が定期券で下車。駐輪場に1台だけ止まっていた自転車にまたがると、さっそうと消えていったのだ。いい光景だった。

知和から美作河井へはバス。駅から県道を降りたところに停留所があるはず…だが見当たらない。向かいにはあるが私が目指す方向にはない(写真10)。焦った。

〈10〉知和駅(奥に見える)から県道に降りると向かい車線にバス停はあるが、こちら側はいくら探してもなかった
〈10〉知和駅(奥に見える)から県道に降りると向かい車線にバス停はあるが、こちら側はいくら探してもなかった

1日6本しかないバスを逃すと致命的だし列車も2時間来ない。すると定刻にバスが姿を現したので対向車線停留所の向かいからダメ元で手を振り「お~い」。無事にバスは停まってくれた。以下、バスの運転手さんとの会話(地元の言葉を正確に再現できないので標準語変換します)。

-バスの乗り方は正しかったですか

「このあたりは田舎だから、片側にしかバス停がないのですよ。だからあなたの乗り方が正解」

-日曜はバスはお休みなんですか

「この路線はスクールバスも兼ねているので日曜祝日は休みです」

-美作河井駅に1番近い停留所で降ろしてください

「分かりました。ところでお客さんどこから?」

-神戸です

「以前あなたと同じ乗り方した人がいましたよ。千葉からと言ってたなぁ」

-!

時間にして2分にも満たなかったが濃密な会話だった。それにしてもはるばる千葉から地域バス利用で因美線の駅巡りとは。尊敬以外に言葉が浮かばない。

バス停から川を渡り、坂を上がると美作河井駅(写真11~15)。

〈11〉岡山県最北の駅でもある美作河井駅
〈11〉岡山県最北の駅でもある美作河井駅
〈12〉美作河井に残る転車台
〈12〉美作河井に残る転車台
〈13〉使用されなくなった乗車位置
〈13〉使用されなくなった乗車位置

発掘された転車台が近代産業遺産として残っている。岡山県と鳥取県が結ばれるまで昭和初期のわずかな間、終着駅だったこともある。かつてはすれ違いもできたが、今はホーム1面のみが使用されている岡山県最北の駅で今夏最後の青春18きっぷを折り返そう(写真16)。

〈14〉レールがなくなり広い構内が残る
〈14〉レールがなくなり広い構内が残る
〈15〉左側ホームしか使用しないので右側の矢印は消されていた
〈15〉左側ホームしか使用しないので右側の矢印は消されていた
〈16〉因美線の旅を終える列車がやってきた
〈16〉因美線の旅を終える列車がやってきた

美作加茂駅で下車し岡山県の因美線完全制覇プランもあったが、それだと帰宅が23時を回ってしまうのでさすがに限界。7年前の写真を掲載しておこう(写真17)。

〈17〉岡山県内の因美線では最も規模の大きい美作加茂駅(2013年7月)
〈17〉岡山県内の因美線では最も規模の大きい美作加茂駅(2013年7月)
〈18〉姫新線と因美線の乗換駅である東津山駅
〈18〉姫新線と因美線の乗換駅である東津山駅

路線上の終着駅、東津山で乗り換え(写真18)。ここで冒頭の「お出迎え」に戻る。中国道津山インターに近い東津山駅周辺は大変な発展を遂げているが、国道を渡ると昔ながらの商店街があり、そこにB’zファンの聖地がある。

昭和初期に頑張って全通させたことが、かえってよくなかったのか、古い路盤は速度制限区間があり、今は因美線の岡山側に優等列車は走らない。鳥取から岡山への特急は兵庫県(智頭急行)経由という状態だ。だが、だからこそ味わいのある駅舎が残ったともいえる。昭和初期の古い駅舎を回ってゴール地点にあるのが聖地とは何ともオシャレである。バス停だけでなく自販機も探し回った今回の旅。いろいろなものが凝縮された忘れられないものとなった。【高木茂久】

※津山からバスと列車を組み合わせ、約35キロを8時間もかけて回った今回の旅だが、実は車だとあっけないほど簡単に回れてしまう(鉄道ファンとしては公におすすめしたくないが)。津山インターを降りると、すぐ高野駅があり、ほぼ線路に沿って県道があるからだ。ただし美作河井と那岐の県境越えはあまり良い道ではないので、1度高野駅方面に戻って国道で那岐を目指す方がベター。