0キロポストのスタートラインに立つまでが大変だった芸備線の駅訪問は、岡山県内から。本数が少ないのでバスとの組み合わせで進んでいくが、バスの本数も多くはなく、公共交通機関の供給が私個人の需要に追いつかないことが多い。その場合は…まぁ、残る手段はひとつしかない。(訪問は3月15、16日。バスの時刻は時刻表に基づく)
「ここを真っすぐ行くと駅があるから」
バスの運転手さんにお礼を言って降り立つ。と同時に立ちすくんでしまった。確かに駅らしきものが見える。ただ、それはそう言われたり、探そうとしているから分かるのであって通りすがりの人は、まず気付かないだろう。坂根駅は国道から神代川を渡ったところにあるのだが、その手前にドーンとあるのは中国自動車道である。高架をくりぬいた先に駅が見える。(写真1)
当然ながら中国道が後発。駅は昭和に入って間もなくで、高速道路は戦後30年もたってからだ。約20年前まで開業時からの木造駅舎があったが、現在は簡易型。中国道ができるまでは国道からよく目立ったはずだが、現状では簡易型で十分と判断されてもやむを得ないだろう。(写真2~4)
姫新線の項でも触れたが、兵庫県と岡山県の県境あたりから鉄路に接近してくる中国道は、姫新線そして芸備線の三次あたりまでぴったり寄り添うように走る。その距離約170キロ。大正から昭和初期に敷かれた低規格でクネクネ走る非電化単線の鉄道がスピード面で勝てるはずがない。その上、駅への眺望もさえぎられては…。この部分だけ切り取ると何の嫌がらせかと思ってしまう。
その坂根駅は1面1線の棒状ホーム。かつては2面2線だったようで、レールがはがされたホーム跡が残る。お隣の市岡へと向かう。
◆(徒歩)坂根駅11時半→市岡駅12時5分
ということで、ここからは徒歩である。好きで歩いているわけでも記事を盛り上げるために歩いているのではない。他に手段がないのだ。備中神代から乗車したバスは坂根のひとつ先の停留所で折り返す。もうひとつ路線があり、約1時間後にやって来るが、これに乗ると先につながらない。詳細は後述するが、とにかく歩こう。このあたりは線路と国道がほぼ平行で道は簡単。駅間距離も2・6キロと短く、道路と線路の関係から、徒歩距離も3キロぐらいだと推測される。ただ若干問題があって、それは坂。(写真5)
県境に向かうのだから当然で、あらかじめ調べてもいたが、自分が思ったよりも、ちょっとしんどかった。おまけにこの区間は自販機のひとつもなかった。この日の気温は朝こそ5度以下だったが、最高気温は20度と、3月中旬にしてはかなり暖かかった。ちなみに車はビュンビュン走っているが、人とは会わなかった。庭で放し飼い状態となっている立派なワンちゃんには猛烈にほえられ、廃駅前に訪れた北海道の下白滝駅を思い出してしまった。そりゃ、見知らぬ人間がウロウロしているのを見るとワンちゃんはほえるものである。
◆(バス)市岡駅12時36分→矢神駅12時42分
市岡には30分ちょっとで汗だくになって到着。立派な駅舎である。芸備線はかつての私鉄が敷設した部分と国鉄が敷設した部分があり、今回の備中神代~備後落合は国鉄の手によるもの。従って駅間は長めだが、当駅については芸備線では珍しい戦後の設置。坂根と市岡の距離が短いのも、そんな事情がある。周囲は住宅街。開業時から1面1線の棒状ホームだったようだ。開設時からの駅舎が約20年前に待合室を兼ねた市岡ふれあいセンター併設の現在の姿となった。(写真6~9)
バス停は駅からすぐ分かる場所にある。時刻は上下まとめて記されているが1日2本。なかなかすてきである。ちなみにこれは最初に備中神代駅で最初に見た時刻表である。当駅から出たバスは坂根、市岡そして次の矢神と順番に停車する便利なものだが、いかんせんこの本数では1回しか使えない。だから最初は坂根までのバスに乗り、徒歩移動の後、このバスをつかまえることにした。ちなみに終点の「きらめき広場」とは旧哲西町の役場や図書館、ホール、病院などを集約した施設である。(写真10~14)
哲西町の中心駅だったのが矢神。昭和初期に備中神代から線路が伸びた際、終着駅だった。芸備線の岡山県内の駅では唯一、列車交換(すれ違い)可能。千鳥状にホームが配されている。もともとはもっと大きな駅舎だったが、事務室部分がカットされて現在の形となった。それでも古典的なラッチ(改札)とホーローの案内板が健在。貨物ヤード跡も残る。(写真15~18)
そんな矢神でほっこりすること約40分。1日3本しかない備後落合行きのうちの1本、新見13時2分発の列車がやってくる時間となった。ようやく芸備線乗車である。【高木茂久】(写真19)





















