神奈川・根岸「つり孝」(湯川輝雄船長=82)が30日、89年の長き歴史に終止符を打った。昭和9年の創業以来、掘割川に船を係留してきたが、24年3月をもって係留ができなることを受け、廃業を決意。この日が最終出船となった。

出船時間は午前7時30分だが、「せっかちで心配性なので、毎朝午前4時に起きて準備しています」とおかみさんは苦笑。そして、7時過ぎには出船。掘割川を下る際、僚船に無線連絡。「今日が最後。何かあったら黄色いランプを着けるから、すぐに駆けつけてな」に「頑張ってください!」の返答が相次いだ。

「つり孝さんは1年くらいだけど、最終日なので来ました。もっと早くから知っていれば…。残念です」と大滝亮一さん(55)。そういいながら、裏本命のクロダイもゲット。また、つり孝歴半年の河野正大さん(53)は「つり孝さんを知ってから、ほぼ毎週通っていました。アジの数釣りにハマり、何度も束釣りさせてもらいました。アジ釣りは半日船が多いけど、ここは長いのが好きでした」。

高間英二さん(67)は「いつもは犬の散歩で店に寄っていた」という。「船に乗ったのは1年くらい前なので、釣りよりも、廃業したら立ち寄れなくなるのが残念」と肩を落とした。

一方、宮崎幸晴さん(65)は「初めて乗ったのは10歳。おやじに連れて来られた」という大ベテラン。「その時は第二海堡(かいほ)付近でイナダを釣ったけど、船酔いで大変だった」と懐かしがった。「船から本牧の景色を見るのが好きだったし、顔見知りと会えるのも楽しかった。なくなるのはさみしいよね」。

20年来の常連、杉内淳さん(50)が釣りながら眠りに落ちると、「寝てちゃダメ! 釣らないと」と湯川船長のゲキが飛んだ。だが、その裏には「最終日なので絶対に来たかったけど、前日が忘年会。寝たら起きられないと思って、一睡もせずに来た」という義理深さがあった。

根岸沖からスタートし途中、本牧沖に移動。そして湯川船長が最後に選んだポイントは再びの根岸沖だった。朝イチ同様の入れ食いとなると、湯川船長の表情も自ずと緩んだ。やがて、皆のクーラーボックスも満タンとなり、「これで上がります。長い間ありがとうございました」とラストコール。僚船の無線からは「お疲れさまでした」ラッシュ。その合間を縫うようにおかみさんへ「あと10分ほどで帰るよ」の携帯電話コール。「正午と終了時に必ず連絡していました。心配するので」という。

陸に上がると宮崎さんからサプライズの花束&メッセージ贈呈。この日乗船した全お客さんからの拍手も添えられた。

「もう十分にやったと思います。まだやれるという思いはあるかもしれませんが、私は十分だと思います」。おかみさんは、心中をそう吐露した。湯川船長は、18歳で先代から船を受け継いだ。64年の船長人生を「幸せだったと思います」と振り返った。「こういう商売だから良い時期も悪い時期もありました。でも船も、家も買って、子どもも立派に育てた。すべてはお客さんのおかげ。自分はお客さんに恵まれました。感謝しています」とさわやかな笑みを浮かべた。

引退後は「来年2月くらいまではいろんな手続きなどがありますが、落ち着いたら趣味の絵を描こうと思います」。そう話すと、いつもと変わらず船の掃除へと戻ったのだった。【川田和博】

この日の模様は、ユーチューブ動画「ニッカン釣りちゃん」で近日公開予定。