70代のA子さんは「大動脈弁疾患」で、私のところに紹介されてきた患者さんです。加齢が原因の典型的なケースです。A子さんは抗凝固剤を一生飲み続けないといけない人工弁にしないで、私の開発した抗凝固剤不要の「自己心膜を使用した大動脈弁形成術」を希望されて来られたのです。心臓超音波検査(心エコー)などの必要な検査を行い、「大動脈弁狭窄(きょうさく)症」と確定し、手術の日程決めに入りました。

 手術は4週間後-。その前に、手術時の輸血に使う目的で、自己の血液400ccを2回採ります(貯血)。A子さんの場合は緊急手術ではないので、手術までにこれくらいの準備期間を要します。1回目の貯血は問題なく終わり、2週間後に2回目の貯血が予定されていました。その日もA子さんの状態に大きな変化はなく、いつものようにバスに乗って病院に向かっていたのです。

 その後、病院にいた私に、警察から電話がありました。それでA子さんが亡くなられたことを知りました。受診票でわかったのです。運転手さんが、終点に着いても座席で眠っているA子さんを見つけ、起こそうとして亡くなっていることに気付いたのです。眠るように亡くなっていたそうです。

 これを聞いて、「もっと早く手術をしておけばよかった」と思いました。しかし、特別に遅かったということもなく、ごく普通だったのです。ただ、大動脈弁狭窄症は手術をすれば治ります。だから、悔やまれるのです。さすがに“突然死”がいつ訪れるかは、残念ながら私でもわかりません。(取材・構成=医学ジャーナリスト松井宏夫)