「年だから腰が痛い」「肩が上がらない」と訴える高齢者は多いのですが、「食事がおいしくないのは年齢のせいだ」とおっしゃる方はほとんどいません。

老化に伴い口の中の組織がくたびれるのは自然の摂理なのに、その認識が広まっていないせいか、原因がわからず病院をいくつも回っているという患者さんにも時折遭遇します。

味覚にもっとも関係する「舌」は特に加齢の変化が出やすい場所とも言われています。舌背(ぜつはい)と呼ばれる舌の上面には、舌乳頭という小さな突起が無数に存在しています。加齢とともに舌乳頭の萎縮や消失が見られるため、昔に比べると舌表面が平らで光沢を帯びるようになる方がいます。唾液が出にくくなるような人では口全体の乾燥が見られ、舌に深い溝が目立ってくることもあります。

こうした組織の変化によって、舌のしびれや灼熱(しゃくねつ)感、痛みなどが現れるのですが、入れ歯やかぶせ物といった人工物を入れている方はその装置が合わないせいだと思ってしまうことが多々あるようです。舌の大きさは基本的に年齢によって変化しません。しかしながら、これまで入れ歯を装着せずに来てしまい一定の場所に空間があったようなケースでは、歯がなくなったスペースを埋めるかのごとく舌の筋肉が肥大します。不足した部分を頑張って補わないと、発音や咀嚼(そしゃく=かみ砕くこと)する機能を保てないからです。

こうした患者さんの場合は、新しく入れ歯を作る際に舌が窮屈になり「しゃべりにくい」「舌が当たって痛い」といったお悩みが初期に出やすいです。人間の身体はとてもよくできていて、環境に適応する能力を持っています。担当医と相談の上で、保湿剤などを併用しつつ慣らしてみてください。柔軟性を持つ舌は、入れ歯と共存できるようにフィットしてくるはずです。