プロ野球番記者コラム

スンちゃん元気かな、心に残る非日常の国際試合取材

岩瀬仁紀から2点本塁打を放つイ・スンヨプ(2008年8月22日撮影)
岩瀬仁紀から2点本塁打を放つイ・スンヨプ(2008年8月22日撮影)

「お~い」と呼ばれて振り返るとスンちゃんがいた。一塁側ベンチへ手招きしていた。

08年8月23日、北京オリンピック(五輪)野球競技の決勝戦前である。李承■(イ・スンヨプ)とは同じ76年生まれ、巨人担当で顔見知りだった。もの静かな普段だったが流ちょうな日本語の雑談は弾み、親しくなった。

中国は野球の強豪とは言えず、北京五輪全体の中で競技の優先順は低かった。メイン会場から車で30分ほど離れた場所に、ぽつんと野球場が2面。至る所に喫煙所が備わっていて、突貫で組まれた無機質なスタンドは結構、空席もあった。

前日の準決勝で、日本は岩瀬が李承■に決勝2ランを食らって敗れた。決勝前の3位決定戦もアメリカに屈してメダルなしに。韓国-キューバの決勝戦を取材するよう指示が出たが力も入らず、負けて気付いた緩い空気に身を委ね、一服しているところに声をかけられたのだった。

「こっちへ。大丈夫だから」と言われるまま、ベンチに並んで腰掛けた。隣には恰幅(かっぷく)のいい青年が座っていた。「これから先発する後輩です」と紹介された。柳賢振は微笑とともに頭を下げてくれた。興味深そうに我々を見て、穏やかな顔のままで動こうとしなかった。

-大丈夫なの? 大事な試合前に

「大丈夫です。この後輩を覚えておいてくださいよ。これからすごいピッチングをして、有名になるから。今日もやりますよ。な!」

-それだけ言うんだから、すごいんだろうね

「選手村で同部屋なんです。ボールもいいけど、一番はメンタルが強い。いつも堂々としていて、緊張しない。かわいい後輩で」

-スンちゃんが打ったから今日は韓国の取材になったよ

「僕は日本で、みんなに言われますかね。日本チーム、ファンの方に申し訳ない気持ちがある。巨人で結果を出せていない以上、申し訳なくて。でも、これが野球です」

-…勝負だし、関係ないよ。巨人でも打ってね

「韓国は、先輩と後輩の関係がすごく厳しい国。かばんを持ったり、朝早い試合のときは、後輩がハンバーガーを持ってバスに乗ったり。そんな中から団結力が生まれた。我々のチームには、軍隊に行かなくてはならない選手が14人もいた。でもこれで、後輩たちは兵役が免除され、野球に集中できるはず。それが一番、うれしい」。

ビッグゲームに強く「国民打者」「兵役免除ブローカー」と呼ばれた李承■。キューバ戦で決勝2ランを放ち、巨人に戻っても打ちまくって逆転優勝に貢献した。柳賢振は予言通りの好投で勝ち投手となり、メジャーリーガーとなった。

東京五輪のチケットについて、あれこれ報じられている。ふと11年前のやりとりが浮かんだ。スンちゃん、元気かな。非日常の国際試合は取材のはざまにも琴線があふれ、思い出としていつまでも残る。【宮下敬至】

※■は火ヘンに華

◆宮下敬至(みやした・たかし)99年入社。04年の秋から野球部。担当歴は横浜(現DeNA)-巨人-楽天-巨人。16年から遊軍、現在はデスク。

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