9月15日の午後8時ごろだった。西武池袋駅1階改札を通った高齢の男性は、横目でチラッとホワイトボードを見ると「は~」とため息をついた。「負けてるのかよ」。西武は6回を終え、ロッテに0-3でリードを許していた。

男性が目にしたボードは「速報板」と呼ばれる。西武戦の試合経過をイニングごとに伝えるもので、両チームの投手と、本塁打を放った選手の名前を書く欄もある。ため息から数分後、ペンを手にした駅員がやって来て、7回表に「0」、裏に「1」を記入した。

池袋駅の速報板にスコアを書き込む駅員(撮影・古川真弥)
池袋駅の速報板にスコアを書き込む駅員(撮影・古川真弥)

西武は8回裏にも3点を挙げ4-3で逆転勝利。男性のため息は報われた。速報板は現在、池袋線、新宿線、拝島線の約60駅に設置されている。基本的には、多くの人の目につくよう改札脇に置かれる。詳しい経緯は不明だが、西武鉄道お客さまサービス課主任の田川智広さん(51)は「ライオンズが所沢に来て、そうたたないうちに導入されたのでは」。できたばかりの西武球団を、乗客にPRする役目を担ってきた。

流れは、こうだ。裏の攻撃が終わるたび、球団事務所から各駅に「7回の情報です。ロッテ0点、西武1点」といった放送が流れる。グループ内の有線放送が使われる。本塁打が出れば「7回、西武高木選手、第2号です」といった具合。

放送を聞いた駅員が速報板を更新していく。ただし、あくまで業務優先。乗客対応などで聞き逃せば、ネットで確認する。便利になったものだ。昔は、近くの駅に電話して「何て流れた?」と確認していたという。のどかだったものだ。

ここで疑問が起きる。確かに移転当初の40年ほど前なら、速報板の役目は大きかっただろう。今やスマホ時代。イニング経過どころか、1球速報でさえ指先1つ。業務の合間を縫ってまで続ける必要があるのだろうか? 田川さんが笑顔たっぷりに明かしてくれた。

試合経過を伝える池袋駅の速報板(撮影・古川真弥)
試合経過を伝える池袋駅の速報板(撮影・古川真弥)

「意外とコミュニケーションツールに使われています。掲示板を書いていると、年配の方が『ライオンズ、勝ってるね』と声をかけてくださったり、休日にお子さんが『勝ってる?』と聞いてきたり。駅係員とお客さまの交流が生まれるのは、いいことじゃないでしょうか。確かに今はスマホで見られますけど、掲示板は残していきたいですね」

田川さん自身、駅員時代に速報板を巡ってお客さまと交流が生まれたそうだ。

冒頭の池袋駅。速報板と乗客の顔が見える場所に立って観察した。全く気にせず通り過ぎる人の方が多かったが、チラ見する人も結構いた。デジタル全盛の時代に存在感を発揮する、アナログの手書きボード。駅によっては「本日もライオンズの応援、ありがとうございました」とメッセージも記される。西武沿線の人たちにとって、速報板は日常の風景に溶け込んでいる。(つづく)

【古川真弥】