「球児たちの夏」が終わった。高校球児たちの挑戦を、間近で見て、聞いて、思ったこと。担当記者たちが回顧録として記す。

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夏の甲子園で10年ぶりに8強入りした花巻東(岩手)には「裏方のエース」がいた。歴代最多の高校通算140本塁打を誇る佐々木麟太郎内野手(3年)も絶大な信頼を寄せる藤沢翼記録員(3年)だ。今夏はグラウンドに立つ仲間をベンチ内外でサポート。チームスローガン「岩手から日本一」を果たすべく、ともに戦った。

自ら希望して記録員の道を歩んだわけではない。本職は捕手。「プレーヤーとしてグラウンドに立つことが一番でした」。中学1年時から憧れた花巻東のユニホーム。背番号2を背負い、甲子園に出場する未来を思い描いた。だが、昨秋に転機が訪れる。チームをまとめる力、リーダーシップを高く評価した佐々木洋監督(48)から記録員に抜てきされた。

「背番号をもらいたかったですけど、ベンチに入れない3年生もいるので、そういうメンバーのことも考えたら、やっぱり自分がやらなきゃなと。複雑な気持ちもありましたけど、チームの勝ちにつなげないといけないという思いが一番でした」

例年、花巻東は数人の記録員を登録し、試合ごとに入れ替える体制をとってきた。昨秋までも同様だったが、今春からは藤沢が不動の存在として全試合で「フル出場」。選手たちがプレーしやすい環境を整えるために奔走した。「とにかく先回り先回りで」と行動。ベンチでは盛り上げ役も務め、勝利のためにできる限りを尽くした。

佐々木監督とグラウンドの選手たちをつなぐ「通訳」を担った。「監督さんが伝えていることを自分が間で中継し、もっとジェスチャーで分かりやすく伝えたりを積極的にしてきました」。また甲子園では重要任務を任された。試合の明暗を分けることもある風向きを判断。主将の千葉柚樹内野手(3年)や佐々木麟に助言し、チーム全体で共有した。

佐々木麟にとって藤沢は盟友で、個人やチームの悩みを包み隠さず話せる良き相談相手だ。「自分としては記録員という感覚がなく、チームを支えるためにいろいろ動いてくれたり、裏方のエースだと思っています」とプロ注目スラッガー。リーダーの資質があり、千葉主将を交えて3人で話し合うことも多かった。「自分たちにとってプラスの存在です」。チームの輪の中心には常に藤沢がいた。

背番号をつけて甲子園に立つ夢はかなわなかったが、「21人目の戦力」として花巻東躍進の一翼を担った。【山田愛斗】

17日、智弁学園戦でベンチから声を出す花巻東記録員の藤沢翼
17日、智弁学園戦でベンチから声を出す花巻東記録員の藤沢翼