明大が全日本大学選手権で38年ぶり6度目の日本一に輝いた。決勝では佛教大(京滋大学リーグ)を相手に、エース森下暢仁(4年=大分商)が「明大野球部を幸せにする」ピッチングを見せて、7安打1失点で勝利をゆるぎないものにした。

選手権で2勝(うち完封1試合、防御率0.50)した森下の力投が原動力となったが、その中で非常に印象に残った明大躍進の理由があった。

4年生にとって、リーグ戦がはじまる4月からこの6月にかけては、就職活動(就活)が本格化する大変重要な時期になる。明大野球部の就活生が、いかにして野球部の練習にかかわってきたか。同部のホームページによると、4年生は女性マネジャー2人を含めて36人。このうち、ベンチ入りする4年生はこの選手権で言えば9人。残る27人は、春先から主に就活に専念することになっていた。就活をしながら、体育会の野球部の練習をどう両立するか。これは明大野球部に限らず、大学スポーツにおいては非常に重要なテーマだった。

明大野球部では、事あるごとに、善波達也監督(57)をはじめ主将の森下、副将の北本一樹内野手(4年=二松学舎)らが就活生の存在を口にしてきた。優勝を決めた後の会見で善波監督は「4年生が就活をしながら練習に出て手伝ってくれた。そのことがチームの一体感を出してくれていた」と、敢えて就活生の存在に触れ、チームとしてのスタンスがいかに大切だったかを感じさせた。

4年生は、新チームが発足した昨年の11月、新4年生で集まり、就活時期の練習への取り組みについて話し合っていた。そこで、出された結論は就活生もできる範囲で練習に参加して、その中で就活に臨むという方針だった。

森下はその具体的な内容についてこう説明してくれた。「去年までは、練習をアシストしてくれる就活生と、そうではない4年生とがいました。今年は、どうしようかと、きちんとみんなで話をしました。そして、みんなで練習を手伝おうということで意見はまとまりました。早朝練習でバッティング投手をしてくれたり、ボールボーイをしてくれたり、それぞれが、その日のスケジュールの中で、やれる時に何かをグランドでやってくれました」。

優勝が決まった後、明大のバスで待機していたユニホーム姿の2人の就活生に話を聞いた。前田浩毅内野手(4年=明大明治)は大手メーカー、今村健太郎外野手(4年=鹿児島中央)は地元マスコミから内定を得ている。前田は「チームが優勝してくれて、感謝したい気持ちです。僕たちは練習をアシストしながら就活をしましたが、森下たちメンバーは常に『就活はどう?進んでる』とか、気に懸けてくれていました」と、心から仲間の優勝を喜んでいた。

地元でマスコミ業界に進む今村も「監督さんは、僕らが練習でバッティング投手などをすると、必ずひとりずつに声をかけて就活の進み具合を聞いてくれていました。僕たちはそういう励ましもあって、練習と就活に取り組むことができました」と言った。そして去年までとの違いについて聞くと「昨年までの先輩方のことを自分たちがとやかく言えません。ただ、今年はより一層、チームがひとつになって練習から取り組めたかな、とは感じています」と、先輩に配慮したコメントをした。

試合後、グランドで勝利監督インタビューが終わると、善波監督は一塁側のスタンドに向かって手を振っていた。何度もうれしそうに手を振る先には、ワイシャツ姿の就活生がいた。まだ就活を続けている野球部員もいる。就活は、メンバーが戦ったリーグ戦や全日本大学選手権と同じように、非常に厳しく、そして大切な活動だ。メンバーに入れなかった悔しさを持ちながら、練習をアシストしつつ、就活した4年生を、善波監督が大切にする姿がそこにあった。

就活生の練習への取り組みが、野球の成績とどう関係するのか。それは人それぞれ感じ方によって異なると思う。学生スポーツでは、チームの結束力は非常に大きな力になる。置かれた環境は異なっても、ベンチから見る風景と、スタンドから応援する景色は違っても、それでも勝利という共通目標を持ち続けることが、チームを強くする大切な要素となっているのかもしれない。

ここで打てば、ここで抑えれば、ここでキャッチすれば。その瞬間であと1歩が出るのは、そんな仲間の思いがあるからかもしれない。就活という人生の大切な岐路に立つ明大野球部の4年生が、明大野球部躍進の一助になったことは、是非、多くの人に知ってもらいたい。【井上眞】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)