これは寂しい。島本浩也のトレード発表を受け、そんな気持ちだ。今季で阪神ひと筋15年目。同じ高卒16年目だった原口文仁が引退したので来年は島本が最古参になるところだった。しかし、ここでまさかのトレードである。
10年に福知山成美から育成ドラフト2位で入団。個人的な話で申し訳ないが12年頃は「鳴尾浜支局長」として、いいトシしたおっさんが若手記者が取材する鳴尾浜に日参していた。その頃、よく取材したのはそのドラフト時の選手たち。
ドラ1の榎田大樹はすぐに1軍戦力だったが2位・一二三慎太、3位・中谷将大、4位・岩本輝、さらに5位の荒木郁也という面々。みんな個性的でユニークだった。育成1位の阪口哲也、同3位の穴田真規を含め、移籍、自由契約で次第にいなくなり、最後に残ったのが島本だった。
元々は奈良・大和高田の“ヤンチャな兄ちゃん”。それがプロの世界に入り、育成から支配下登録、ここまでタテジマに貢献してきた。その中で最高の思い出は前監督・岡田彰布(オーナー付顧問)の下で日本一に輝いた23年、そのセ・リーグ優勝を決めた9月14日巨人戦の登板だという。
追いすがる巨人に4-2と2点差に迫られ、なお1死二塁。ここで登板した島本は萩尾匡也、丸佳浩を連続三振に切ってピンチをしのいだのである。岡田好みの玄人っぽい投手だった。
「あのときはホンマにすごかった。いつもはファンの声は上から聞こえてくるん感じなんですけど、あのときだけはグラウンドからゴーッと響いてきて。地鳴りのような感じ。いいところで使ってもらったし、あれは忘れられない」
14日朝にトレードを通告され、ずっと食べ物がのどを通らなかったという島本は夕刻、そんな話をした。なんとも寂しいが移籍先として日本ハムは悪くない。元同僚の斎藤友貴哉もいるし、なにしろ監督は新庄剛志だ。元「猛虎戦士」として、意気に感じる起用をしてくれそうだ。
「でも、まあ、この世界はシビアだし、来年ダメなら終わりでしょう。もちろん、それは阪神にいても同じことですから。北海道で暴れてきますよ」
島本はそう言って気持ちを切り替えていた。来年の交流戦、日本ハム戦は甲子園か。中継ぎ左腕として主砲・佐藤輝明を相手に登板もあるか。新天地での活躍を期待したい。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)




