「いいな」と思ったのは5回表、プロ初登板となった下村海翔がピンチを迎えたときの甲子園の雰囲気である。2点リードを追いつかれ、なおも1死満塁。ここから中日は村松開人から細川成也、サノーと続くクリーンアップと続く。

勝ち越されるか、と思ってみていたこちらが圧倒されたのが虎党の声援だった。拍手と歓声で、マウンドの下村をこれ以上ないぐらいに激励する。かつてファンが声を出すのは攻撃時がほとんどだったが広島が3連覇するなど強かった約10年ほど前からマツダスタジアムを発端に、こういう雰囲気が各球場に出てきたように個人的には思う。

また古い話を、と言われるかもしれないが、かつての甲子園はこんな感じではなかった。阪神が負けたり、ピンチになったり、ミスしたりのときはヤジ、怒号が盛大に飛んだものだ。

記憶に残るのは弁当を食べながらヤジっていた内野席の人。途切れ途切れにヤジるので「ん?」と思ってよく見たら食べている間は黙って、その合間に何やら怒鳴っている。「忙しいですな。どっちかにしなはれ」などと思ったものだ。

内容にもよるがヤジもプロ野球の1つの味わいかもしれない。だが今の甲子園はそうではない。阪神球団は強くなり、ファン気質も変わってきたということだろう。それを強く感じたこの日である。なにより虎党はよく知っているのだ。下村がどんな経緯でこのマウンドに立っているかということも分かっている人が多かったのだろう。

声援に押され、下村は村松を三振に切り、細川を右飛に打ち取り、逆転の危機をしのぎ、5回2失点で仕事を終えた。「緊張で力みもあった中でこれまで取り組んできたことが出せた部分もありました。打たれたとしても、それもまた勉強だと思っていました」。降板後はこんな趣旨の話をしたようだ。

その通りだと思う。勝手なことを書くが、いきなり勝利投手にならなくてよかったかも…という気さえする。いきなり勝てたからと言ってプロを甘く見るようなことはないだろうが、まずは経験、勉強だ。首位争いをしている現状で先発登板できたということが何より重要だと思う。

両軍とも拙攻が目立った延長戦の結果、チームは敗戦となった。それでも下村にはこの経験を自身、チームのため、そして虎党のために生かしてほしい。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)