乙訓(京都)が初出場で初勝利を挙げた。元横浜(現DeNA)の染田賢作部長(35)は、現役時代に薫陶を受けた三浦大輔氏(日刊スポーツ評論家)らの教えを選手に伝授。指導に応えるように、富山太樹投手(3年)、川畑大地投手(3年)のリレーでおかやま山陽を2点に抑えた。

 古都・長岡京に、リリーフ登板したエースが初陣の1勝を届けた。同点直後の5回。市川靖久監督(35)に「流れを変えて来い!」と、送り出された川畑が3人で斬った。最速144キロで中軸を封じた迫力の投球に打線が応える。6回1死一塁、薪谷が適時打。伊佐、浅堀も続き4点を勝ち越した。

 10年に京都府初のスポーツ健康科学科設置で、中堅124メートル、両翼102メートルの専用グラウンド、6カ所打撃可能な室内など充実した環境が生まれた。15年に市川監督が着任。さらに府の「スペシャリスト採用枠」で元横浜投手、染田賢作氏(35、現野球部長)が教員で採用された。

 染田部長は、技術の高い選手ほどキャッチボールを大切にするなど、プロで学んだ基本を伝えた。投手陣に通常の硬式球とは重さが違うボールで技術指導。球を押し込めるように重いサンドボールで指先を鍛え、軽い球で回転を向上させた。川畑の快投は創意工夫の指導に支えられた。市川監督は「指導の引き出しが多い」と部長に感謝。染田部長は「野球以外の指導も丁寧で、そこが大切なんだと市川先生に教えられます」と尊敬し合う。学校、地域一体の初勝利に「『選手もスタンドも一生懸命頑張って勝ちを取ろう』と生徒に話していました。うれしいです」と市川監督。乙訓の甲子園史が始まった。【堀まどか】