メジャーやマイナーの球団で働くコーチというのは、かつては現役を引退した元選手がなるものと相場が決まっていたが、最近はプロ経験がほとんど、あるいはまったくない人が就任するケースが目につく。特にこの1、2年はその傾向が強まり、「バットスイングを分析する専門家」のような人物が、プロ経験なくメジャーレベルのコーチに就任するケースが出てきた。

 ダイヤモンドバックスで今季から打撃ストラテジストという役職名のコーチに就任したロバート・バン・スコヨック氏が、その代表的存在だ。現在30代前半というバン・スコヨック氏は、打撃コンサルタントとして2年間、ドジャースの仕事をした経歴はあるものの、フルタイムのコーチ職に就くのはメジャーはもちろんプロ球界でも今回が初めて。5年ほど前からJ・D・マルティネス外野手の専属打撃コーチを務めており、昨年7月に同外野手がタイガースからダイヤモンドバックスに移籍したことが、現在の職に就くきっかけとなった。

 同外野手は移籍後、記録的なペースで本塁打を量産したことが話題になったが、その練習法やアプローチ理論がチーム内に知れ渡り、自分もやってみたいという選手が何人も出てきた。彼らが実際試してみるとうまくいったため、バン・スコヨック氏がたちまち一目置かれるようになり、多くの選手から信頼を得るようになったという。

 バン・スコヨック氏は、選手としてプレーした経験は大学までで、卒業後は地元の少年野球団や高校野球部でコーチをしていたようだ。その後、同じく個人で打撃指導業を営み知る人ぞ知る存在だったクレイグ・ウォレンブロック氏と組んで打撃教室を主催するなどしていたという。この2人のように個人で打撃指導業を営む人々は、メジャーの歴史に残るような名打者たちの打撃フォームを何百回、何千回と繰り返しビデオで見て研究、分析し、その分析理論を今度はYouTubeなどの動画サービスで解説し、公開している。それが多くの人の目に触れ、評判となり、徐々にプロ選手のクライアントが増えていったという。

 ウィキペディアにも名前が載っていない無名の個人である打撃分析家が、ネットを通じて知る人ぞ知る存在となり、メジャーの一線級の打者をクライアントに持つまでになり、ついには球団から抜てきされるというのは、まるで人気YouTuberのサクセスストーリーのようで、いかにも現代らしい。メジャーの球団はこれまで、選手がそうした個人指導者に頼ることに拒絶反応を示すことが普通だったが、今は少しでも他球団を出し抜くために他がやっていないことをやろうとする球団が増え、彼らに対する抵抗感も消えてきたようだ。

【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「書かなかった取材ノート」)