東京6大学リーグの慶大で2度監督を務め、「早慶6連戦」を指揮した前田祐吉氏が7日午後、肺炎のため川崎市内の病院で死去した。85歳だった。

 高知・城東中(現高知追手前高)で投手として活躍し慶大に進学した。社会人の日本麦酒(現サッポロビール)でプレーした後、60年に監督に就任した。温厚な人柄で野球以外の知識も豊富。選手に慕われ、「じいさん」と呼ばれることもあったという。同年秋、優勝をかけた早大との早慶戦と優勝決定戦は「死闘の早慶6連戦」と呼ばれ語り継がれている。62年に初優勝を飾り65年に退任するまで3度優勝。82年に再び監督として復帰し、93年に退くまで計8度優勝した。

 監督を退いた後は、全日本アマチュア野球連盟(現全日本野球協会)の選手強化対策委員長を務め、アトランタ五輪の代表にも携わった。指導を仰いだ慶大・大久保秀昭監督(46)は「12月中旬に電話で話したのが最後でした。物知りで、自分のおやじ以上にいろいろ教わったと言ってもいい存在。一番の恩師を失い、悲しいです」と追悼した。通夜は15日、午後6時から。品川区西五反田5の32の20の桐ケ谷斎場で。告別式は16日、午前9時半から同所で行われ、喪主は長男章(あきら)さんが務める。