プロレスの月曜日

大日本・伊東竜二が自伝出版「レスラーは本を読め」

大日本プロレスの伊東竜二(43)が、デビュー20年記念の自伝「デスマッチ・ドラゴンは死なない」(ワニブックス)を21日に出版した。出版に合わせ伊東がインタビューに応じ、この本に込めたメッセージや、読書家として本の大切さを語った。【取材・構成=高場泉穂】

自伝「デスマッチ・ドラゴンは死なない」を出した大日本プロレスの伊東竜二
自伝「デスマッチ・ドラゴンは死なない」を出した大日本プロレスの伊東竜二

口絵の写真を見れば、伊東がどんな人生を送ってきたかが一目で分かる。額、腕、胸、背それぞれに刻まれた大量の傷痕。すべてデスマッチの際に蛍光灯、画びょうなどの凶器でできたものだ。99年にデビューし、その4年後の03年にデスマッチに挑戦。以来約16年間、デスマッチ戦線の最前線で活躍。今年デビュー20周年を迎えたのを機に、これまでの歩みを自伝にまとめた。伊東の普段の話しぶりと同様、冷静で淡々とした筆致でこの20年間の大日本、さらにデスマッチの歴史が描かれており、日本デスマッチ界の貴重な記録ともなっている。

伊東は「劇的な人生ではないのですが…」と謙遜するが、デスマッチレスラーを職業に選んだ時点で劇的だ。まず、プロレスラーを目指すきっかけも面白い。高校卒業後に茨城大工学部に進学。だが、3カ月通っただけでそこから3年間の引きこもり生活に突入。留年も就職も思い描けない窮地で浮かんだのが、「プロレスラーになる」というとっぴなアイデアだった。

自伝「デスマッチ・ドラゴンは死なない」を出した大日本プロレスの伊東竜二
自伝「デスマッチ・ドラゴンは死なない」を出した大日本プロレスの伊東竜二

03年からデスマッチを始めたのも団体のピンチを救うため。偶然が重なり、過酷なデスマッチの世界に入ったが「やめたいと思ったことはない。合っていたのだと思います」。続けた理由は「簡単にいえば他にやることがないから」とあっさり。「サラリーマンと比べ、プロレスラーってだいぶ不規則だったりして、変化がありますからね。毎日、その変化を楽しんでいます」と話す。

伊東は東野圭吾氏の小説を愛する読書家である。だからこそ「あることを書くだけでもこんなに大変なんだ」と今回の執筆を通じ、小説家のすごさを再確認したという。学生時代から無意識に続けてきた本の乱読は、伊東のプロレスに大いに役立った。「デスマッチって頭を使う。それにメインになることが多く、マイクをもつことが多い。言葉を知らないと、話せない。結果論ですけど(読書を)やっていたことによって、自然とできるようになった」。さらに「プロレスラーは本を読むべき。とっさに対応するには、引き出しがいっぱいないといけない」と若い選手に有意義な読書を求めた。

この本には、メッセージも込められている。「20代の頃はダメ人間でしたけど、43になり、まだまだ元気にやっていける。ダメな20代の子をもつ親の方々に安心してください、と言いたい。また、同じようにダメな状況の20代のひとにも1歩踏み出して、20年続けてみな、と。そうすると、それなりに形になるよと言いたいですね」。伊東の目標は現在77歳で現役のグレート小鹿会長を超えるまでリングに立つこと。「もっともっと上に上がっていく夢をみながら、続けていきたい。ベルトももちろん欲しいですよ」。20年はまだほんの区切り。“デスマッチ・ドラゴン”はまだまだ生き続ける。

◆伊東竜二(いとう・りゅうじ)1976年(昭51)4月8日、岩手県滝沢市生まれ。茨城大工学部を中退し、98年に大日本プロレス入団。99年4月に対葛西純戦でデビュー。03年ごろからデスマッチ戦線で活躍するようになり、愛称はデスマッチドラゴン。デスマッチヘビー級王座は過去6度戴冠。09年には、葛西純とのカミソリ十字架ボード+αデスマッチでプロレス大賞ベストバウトを受賞。

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