夏場所の話題は何でしょう? 世間の注目は、新大関貴景勝がどうなるか、かな。平成最後の場所を制した横綱白鵬が“有言実行”で新元号最初の場所でも優勝するか、というのも興味を引く。あともう1つ。大関から陥落して、返り咲きのための10勝を目指す栃ノ心がどんな相撲をとるかも、気になるところです。

昨年の秋場所。初のかど番やった栃ノ心と朝稽古後に話した。ネガティブな思考に陥ってるようなので、思わずこう聞いた。

「仮に今場所負け越しても“来場所10勝ぐらいしたるわ”ってぐらいに思って、ドーンと相撲とったらええんちゃいます?」

すると、恨めしげな目で「そんなの今場所8勝する方が、簡単でしょ」。

いやまあ、そらそうやけど…。こんな感じで、会話は一瞬で終わってしもた。

思えば、新大関で臨んだ昨年名古屋場所で右足親指付け根の靱帯(じんたい)を痛め、休場してから、ずっと「8勝」の呪縛に苦しんできたんやないでしょうか。負け越したら、大関から落ちる。かっこ悪い。母国ジョージアの盛り上がりをプラスに受け止められず、プレッシャーに感じる。負けたくないから、何とか負けないように、とそればかり考え、頭にあるのは「勝ち越し」という言葉だけ。もう負の連鎖だ。

ずっと思っていた。「それって、栃ノ心の相撲ですか?」と-。

初優勝した昨年初場所は、ため息が出るほど強かった。まわしをつかめば負けない。それも右四つなら、もう絶対だ。無類の怪力で土俵を席巻し、場内のお客さんを何度も驚かせ、興奮させた。当時は平幕上位。つまり番付ではなく、豪快な取り口こそが、栃ノ心というお相撲さんの魅力と世間に知らしめた。

大関になってからの5場所で「栃ノ心の相撲」は、ほとんどなかった。なぜか? 相手が警戒を強め、簡単にまわしを、右四つを許さないようになったからが、まず1つ。栃ノ心自身の問題としては、右足親指付け根の靱帯(じんたい)損傷から、体のあちこちを痛め続け、満足な体調で臨めなかったこともあるが、何より、勝ち越しに縛られた心の問題が大きかったように思う。

夏場所は10勝して、大関復帰が最大のテーマになるでしょうが、私個人の勝手な考えは違います。別に関脇でも、もっと言えば平幕でもええですやん。完敗する日があってもええですがな。ガシッとまわしをつかみ、有無を言わせず、寄り切る。勝ち負けは二の次で、ひたすら自分の型を追い求める。みんなが見たいのは「大関栃ノ心」というより「怪力相撲の栃ノ心」やと思うんですが。【加藤裕一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)