夏場所の支度部屋、その人がいるだけで空気が和らいだ。6月4日。65歳の誕生日を迎えて定年退職した若者頭の福ノ里は、まさにそんな存在だった。力士に声をかけ、声をかけられ、時に笑われ、時に頼られる。だが本人は、自分の長い務めを「そんな考えなくて、ただ淡々とやってきただけだから」と振り返る。表に出ることなく角界を支えてきた人らしい言葉だった。

その自然体は、支度部屋での何げない場面によく表れていた。若元春に頭を触られても、「いじりやすいんでしょうね」と苦笑いする。その返しに気負いはない。壁を作らないから、相手も構えない。裏方でありながら、福ノ里の周りには自然と人の輪ができていた。

そんな福ノ里が入門時から見てきた力士のひとりが大関霧島だった。「先場所(春場所)の優勝でもう十分だと思っていました。今場所もね、こうやって優勝争いしてもらえるなんてね」と目を細めた。長女のアヤゴーちゃんには何度も会って認識され、長男トゥグドゥルちゃんは大阪で初めて抱っこしたという。「家族ができて変わった」という言葉にも、勝敗だけではない成長を見つめてきた温かさがにじむ。

最後の勤務は、5月31日に両国国技館で行われた宝富士の引退相撲だった。春場所で引退した千代丸、夏場所後に引退を発表した若隆元が若者頭に転身。奮闘する姿を見て、「たぶん今は何してるか分からないと思うけど、これからですよ。全然大丈夫です。頑張ってほしいです」とエールを送った。

福ノ里が日本相撲協会を離れた夏、霧島は名古屋場所で綱とりに挑む。人が去り、人が新しい役目に就き、また次の土俵が始まっていく。角界の時間は、そうやって続いていくのだろう。【山田遼太郎】