幕内優勝2回を記録し、20日午前10時55分に43歳の若さで急死した元大関貴ノ浪の音羽山親方(本名・浪岡貞博)の通夜が21日、自宅のある名古屋市内の平安会館守山斎場でしめやかに営まれた。所属する貴乃花部屋の師匠・貴乃花親方(42=元横綱)ら約300人が参列し、故人との突然の別れを惜しんだ。葬儀・告別式は今日22日、午後0時半から同斎場で営まれる。喪主は陽子夫人。

 遺影の音羽山親方は、ほほ笑んでいた。デジタルスライド式で映し出された3枚の写真は、そろって引退後のスーツ姿。一般と親族・来賓とに分かれた式場の中央で、まるで参列者に笑いかけるように柔和な表情を浮かべていた。

 あまりに突然の訃報。関係者らは戸惑いを隠せない様子だった。音羽山親方が所属していた貴乃花部屋の師匠、貴乃花親方も現役時から同部屋で競い合った同志の死に、表情は硬いまま。貴乃花一門の阿武松親方(元関脇益荒雄)らと話はしていたが、報道陣への対応はなく無言を貫いた。

 式場の入り口では、幕内貴ノ岩や大砂嵐ら一門の関取衆が、弔問客を迎えた。一門外からも、同じ審判部の伊勢ケ浜部長(元横綱旭富士)らが参列。奈良で合宿中だった大関稀勢の里、幕内高安、十両若の里ら田子ノ浦勢も顔を出した。逸ノ城の姿もあった。

 同じ青森生まれの若の里は「突然のことでびっくりしました。信じられない。残念です」と悔やんだ。97年九州では自身が十両V、音羽山親方が幕内Vを飾り「地元の人がすごく喜んでくれたんです」と懐かしがった。「現役のころから酒もたばこも豪快でした」と惜しみ、ひつぎで眠る顔は「安らかでした」と語った。

 高安は、春巡業で指導してもらったばかりだった。「お声掛けしてもらった時は、顔色も良く元気だったけど。まさか、こんなに…。ちょっと…。すごく残念です。尊敬していたので」と言葉を詰まらせた。

 豪快な取り口で幕内優勝2回を誇った音羽山親方。角界以外の著名人とも交流があり、サッカー元日本代表の釜本邦茂氏(71)は「彼が現役のころから親しくさせてもらった。若過ぎるよ。これから貴乃花親方の手足となって相撲界を引っ張っていかなきゃいけなかったのに」と、無念さをあらわにした。

 戒名は「貴勇院釈貞誠」。優しく、明るい人柄で誰からも愛された。ひつぎには愛用していたメガネが入れられ、大好きだった納豆も葬儀当日に供えられる予定。多くの人々に急な別れを惜しまれ、豪快だった元個性派大関は天国へと旅立つ。【木村有三】