20日に62歳で急逝した大相撲の第55代横綱で、日本相撲協会の理事長だった北の湖敏満氏(本名・小畑敏満)が21日、九州に別れを告げた。遺体は福岡を離れて、霊きゅう車で東京に搬送された。
北の湖部屋の部屋頭、東前頭15枚目の北太樹(33)が、師匠への恩返しの相撲を誓った。北の湖部屋としての本場所は、九州が最後。14日目は敗れたが「あと1日しかない。みんなで一生懸命、いい相撲を取って終わりたい」と話した。
10歳の時、横浜巡業で師匠に初めて会った。「初めて、人のオーラを感じました。会った瞬間に(北の湖部屋に)入りたいと思った」。「相撲を習った方がいいですか?」と聞くと「習わなくていい。好きなスポーツをやっておきなさい。相撲は入ってから教えてやる」と言われた。
15歳で入門し、25歳で幕内力士になった。33歳の現在は、結婚して1児の父になった。「本当に思いやりあふれる師匠は父親の存在。何から何まで教わりました」。約2年前、部屋の若い衆が断髪する日、具合が悪かった師匠ははさみを入れると、即入院。「自分のことより、人のことがいつも頭にありました」。
13日目の朝、師匠が部屋で倒れ、救急車を呼んだ。「大丈夫ですか?」と声をかけると「大丈夫、大丈夫」と返ってきた。これが最後の会話になった。千秋楽は、北の湖部屋の力士として最後の土俵に立つ。【佐々木一郎】

