大相撲で歴代最多45度の優勝を誇る、元横綱白鵬の宮城野親方(40)が、日本相撲協会を退職することが正式決定した。同協会は2日、東京・両国国技館で臨時理事会を開催。宮城野親方が9日付で退職すると発表した。宮城野親方が師匠を務めていた旧宮城野部屋で昨年、弟子だった元前頭北青鵬の暴力が発覚。監督責任を問われ、2階級降格などの処分を受け、部屋は閉鎖、昨年4月に師弟ともに伊勢ケ浜部屋に転籍していた。部屋再興の道筋が見えずに退職を決意したが、この日、協会が発表した文書とは食い違った。後味の悪い形での退職となった。

   ◇   ◇   ◇

力士としての白鵬は、抜群に強かった。記録がそれを物語っている。幕内優勝45回。2位の大鵬が32回、3位の千代の富士が31回と、2位以下を大きく引き離す金字塔だ。

大の里は史上最速となる初土俵から所要13場所で横綱になった。優勝は4回。大卒のため6月には、25歳になる。白鵬は22歳で横綱になり、25歳になるまでに12回も優勝していた。

ほかにも通算1187勝、幕内通算1093勝、横綱在位84場所、全勝優勝16回など史上1位の記録がいくつもある。中でも2010年は圧倒的だった。年6場所のうち4場所が全勝。この1年は86勝4敗だった。2010年春場所から11年初場所までの1年を切り取れば、88勝2敗。大関時代の07年初場所から15年名古屋場所までは、51場所連続2桁勝利。8年以上にわたって休場することなく、安定的に10勝以上を果たした。10年初場所後に朝青龍が暴力問題で引退した事情もあり、突出した存在であり続けた。

強さの下地にあったのは、時間をかけた基礎運動や相撲の研究はもちろん、勝利への圧倒的な渇望だ。引退会見で「横綱とはどういう存在だと思うか」と聞かれ「土俵の上では、鬼になって勝ちにいくことこそが横綱相撲だと考えてきました」と答えた。現役終盤、肘打ちのようなかち上げなど荒々しい取り口が批判されたが、勝つためには常に貪欲だった。

一方、現役の時の10年12月に子供の相撲大会「白鵬杯」を創設したり、被災地支援に尽力したりと、土俵外でも活躍した。八百長問題で角界が揺れた時、1人横綱として支え続けた功績も大きい。大相撲をよく知らない人にも「白鵬」の知名度は抜群だった。

宮城野親方の退職により、希代の横綱が築き上げた技術や精神の角界内での伝承は、途切れることになってしまった。